4 ヒーローになること

「北斗、すげえなあ!」


「天才だ!」


「てかお前、人間?」


 水を滴らせてプールサイドに上がった北斗を、友だちが大騒ぎで迎えた。


「ちがうんだよ。これは……」


 そのとき北斗は河童のお皿の力だと打ち明けようとしたのだ。

 だがそこへ、逆三角形の体型をした大きなお兄さんが足早に近づいてきた。


「君、北斗君っていうんだね? 是非、うちのスイミングクラブに入ってくれ!」


「やった! スカウトだ!」


「北斗、オリンピックだ!」


「いや、ちがうんです。僕は……」


 北斗は断ろうとした。しかし。


「こいつ、謙虚だから!」


「早く行けよ! 北斗!」


「金メダルもってこいよ!」


「北斗!」 「北斗!」


「北斗!」 「北斗!」


 完全に盛りあがった友だちが話をきかない。

 誰かがゆずの「栄光の架け橋」を歌い始めたら、プールに来ていた人たちが全員で合唱する事態になった。お兄さんはその日のうちに自宅までやってきて、あっけなく親を説き伏せてしまった。



 * * *



 全国大会に参加した北斗は、ぶっちぎりの優勝を果たした。


「来週からオリンピックの海外合宿に参加しなさい。パスポートは有るね?」


 優勝祝賀会のあとで、専属コーチから命令された北斗は気絶しそうになった。


「あの……。僕、小学校はどうするんですか?」


「そんなもの、好きなだけ休めばいいんだ」


「せっかく友だちができたのに?」


「金メダルには換えられないよ!」 


「いやです! 僕、もう水泳はやめます!」


「バカな! なにを言ってるんだ!」


 コーチに怒鳴りつけられて、温和しい北斗は泣きそうになった。


 河童のお皿は間違いなくドーピングか、もっと悪質なズルだ。

 トドとかセイウチを選手登録するのと同じだ。

 河童のおじさんが大切にしてきたお皿を、そんなことで汚しちゃいけない。


「コーチ! お願いします! 僕のはなしを聞いてください!」


 北斗は、お皿のことを正直に打ち明けた。

 最初は聞く耳を持たなかったコーチだったが、北斗が根気強く説明すると、最後には、おいおいと声をあげて泣きだした。


「なんてことだ! 君こそ今世紀最高のアスリートだと思ったのに!」


「ごめんなさい」


 いつまでもメソメソする大きな背中を撫でていると、ふいに顔を上げたコーチは暗い目をして北斗を見た。


「……その皿さえあれば」


 瞳に闇が揺らめいた。


「……俺でも」


 ゆらりと立ち上がったコーチは、両手を広げて襲いかかってきた。


「金メダルは俺がとる! 河童の皿を寄越せ!」


「いやだよ!」


 北斗はソファーから転げおち、そのまま這ってドアを目指した。


「待て!」


 トレーナーの襟にコーチの指がかかった。


「助けてえ!」


 北斗が軽く突き飛ばしたら、吹っ飛んだコーチは頭から壁にめり込んで気を失ってしまった。


「あ、ごめん!」


 北斗は、頭に河童のお皿をくっつけたままだったのだ。

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