3 大いなる力のこと

 そのとき、誰かが北斗の肩をたたいた。


「高峰君。急いで。もうバスが来てるよ」


 綾瀬先生のポニーテールが通り過ぎてゆく。


「先生、行かないで! 先生も止めて!」


 北斗は大声で呼びとめた。


「え、なにを?」


 先生が不思議そうな顔で振りかえる。


「河童……じゃなくて、このおじさんが……。あれっ?」


 気づくと、河童の姿はどこかに消え去り、北斗の手にはヌラヌラしたお皿だけが残されていた。


「どうしたって? ほら、行こうよ!」


 綾瀬先生はお茶目に笑って、北斗の背中を軽く押した。

 そのやりとりを見ていた同級生たちが、わっと北斗を取りまいた。


「行こうぜ、高峰!」


「なにしてんだよ、バス、来たぞ」


 みんなの手が、北斗の背中を押しはじめた。

 それでなくとも、遠足の帰り道というのは気分がはずんでいるものだ。


「それ、わっしょい。わっしょい」


 まるでお祭りのおみこし状態だった。河童を追いたいのに身動きが取れない。


「待ってぇ! 河童さぁん!」


 焦った北斗の声が裏返った。それを聞いたみんなが爆笑する。


「カッパさぁんって、誰のギャグ?」


「ウケる! 最高!」


「高峰! もう一回やって!」


 みんながお腹を抱えて笑っている。結果、誰も話を聞いてくれない。


「なんだよ。高峰って、オモシロいじゃん!」


「そういうこと、隠すなよな!」


「高峰! こっちこいよ! 一緒にすわろうぜ!」


 クラスの全員がにぎやかに車内になだれ込むと、バスが発車した。


「高峰君、よかったね」


 綾瀬先生がそっと涙ぐんだ。



 * * *



 遠足の翌日は日曜日だった。

 すっかり仲良くなった同級生たちに誘われて、北斗は近所の温水プールにいった。


 北斗はつい誘惑に負けて、河童のお皿をポケットに入れていた。

 トイレで頭にのせたら、にちゃっと貼りついた。

 これで水泳用のキャップをかぶれば、誰にも気がつかれないだろう。


 後でちょっとだけ試してみようと思いながら、流れるプールで遊んでいるうちに、北斗はお皿のことをすっかり忘れてしまった。

 だからそのとき、一番驚いたのは北斗だったのだ。


 レーンで仕切られた25メートルプールに移動したときだった。


「競争なー。よーい、ゴーッ!」


 みんなと一緒にプールの壁を蹴ると、北斗のところにだけ高々と水煙が上がった。

 ジェット噴射で飛びだしたように、北斗の体が高速で水中を突進した。その残像が細かな泡を引く。衝撃で巻き起こった大波に人がさらわれた。


 一瞬で目の前に壁が迫る。北斗が思わず身を翻すとそれが見事なターンになった。

 勢いのとまらない北斗は瞬く間に100メートル以上泳いでしまった。

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