十三 九年母山の鬼の巻

「なんだ、こいつらは?」


 アオダモの木のような青鬼あおおにの声は、うつろな木を叩くようでした。


 鬼は四匹いて、青と、緑と、黄と、黒の色違いでした。

 頭には牛のような角があり、口には牙が生えています。

 身のたけは、クネンボみかんの木ほどもありました。


 おばあちゃんには「見てないで逃げろ」と言われましたが、もう捕まっちゃったからいいだろうと思って、太郎は鬼たちをジロジロ眺めました。

 噂の通り、鬼たちはけものの皮を腰に巻いて、金棒かなぼうを持っていました。<注1>


「子どもの匂いと、残りはなんだ?」


 クロモジの木のような黒鬼くろおにが首をかしげました。


 背が高すぎる鬼たちは、遠目は利きますが、近くのものが見えません。

 その分だけ鼻がよく利きました。しかしオオカミとカッパとテングの匂いなんて、滅多めったに嗅ぐ機会チャンスはありませんから、鬼にも何の匂いだか分からなかったのです。


「わんわん! わんわん!」


 オオカミはイヌの振りをして吠えながら、二人の仲間にそっと目配めくばせしました。自分たちの正体を隠して鬼を油断させようと考えたのです。カッパとテングはすぐに心得顔こころえがおでうなずきました。


「うっきっき! サルでえーす! どぉもでぇーす!」


 おちゃめに片目をつむったカッパが、水掻きのついた片手をあげて挨拶しました。


「けーんけん! キジでござる! 以後、宜しくお見知りおき下されい!」


 かしこまったテングが作り声で言いました。


「それと、クネンボみかんと、マスと、きびだんごだよ!」


 正直な太郎が叫びました。



――これはダメだ。全員正体がバレた。


 オオカミは、ふっと目眩めまいを覚えました。



「この、ぷんぷん匂うのは、ミカンだったのか。道理どうりでクサくて鼻が利きゃしねえ」


 キハダの木のような黄鬼きおにが、恐ろしい顔をしかめてクシャミをしました。


「なんでもいいや。まとめて鍋にぶち込めば喰えるだろう」


 青竹のような緑鬼みどりおにが、面倒臭そうに言いました。



 ――雑だろう! そんなことでいいのか?


 オオカミはさすがにいきどおりを覚えましたが、我慢して黙っていました。


 まともに人様の話を聞かない鬼たちは、荷物ごと太郎たちを藤のつるでくくると、大きな肩にかついで歩き出しました。



 鬼の岩屋は、さきほど見えた岩山の天辺てっぺんにありました。

 草一本生えていない絶壁を、大きな鬼たちはヤモリのように岩にへばりついて、軽々と登ってゆきます。


 山のいただきに立つと、まぶしい西日が鬼たちの肌を朱く染めました。

 北に向いた岩穴は、こいの口のように丸く突き出た形をしています。


「なるほど。これでは、誰も気づかぬわけじゃ」


 テングがこっそりつぶやきました。


 背の高い鬼たちが、一匹ずつ身を屈めてその奧へ這いこむと、岩の壁のくぼみに、油の皿に灯心とうしんを差したあかりが置いてありました。


「さっき見えた灯りは、これだな」


 カッパがそっとつぶやきました。


 そこから細長いほらが山の根へ向かって続いていました。小さな灯明皿とうみょうざらの灯りが、真っ暗な行く手の先に、ぽつりぽつりと灯っています。鬼たちは暗い洞窟を、深くふかく降りてゆきました。

 恐くて太郎がべそをかくと、オオカミの舌がぺろりと太郎の涙をなめました。


 やがて一行は、広々とした岩屋にたどりつきました。いがらっぽい煙と生臭い酒の匂いに混ざって、鼻が曲がるような得体の知れない匂いが漂っています。


 鬼たちは肩に担いできた太郎とオオカミとカッパとテングを、どさりと床に放り出しました。するとその拍子に、みんなをくくっていたつるがほどけました。


「おかしら! なべの具をとってきたぜ!」


 青鬼が、ぼおっと明るい囲炉裏端いろりばたに向かって呼びかけました。


「なにが獲れた?」


 火の番をしていた、赤松の木ような赤鬼アカオニが振り向きました。

 太郎のうちの座敷ほどもある巨大な囲炉裏いろりには、自在鉤じざいかぎから風呂桶のような大鍋が下がっています。ぐつぐつ湯気の上がる鍋からは、卒塔婆そとばのようなものが突き出ていました。


「子どもと、イヌとサルとキジだ」


「なんだそりゃ。桃太郎でもあるまいし」


 とびぬけて大きな赤鬼が、うはははとわらいました。




<注1>「色違いの鬼」……赤鬼、青鬼は有名ですが、実は鬼は五色います。

赤鬼はむさぼる心。青鬼は憎む心。黄鬼は後悔。緑鬼は怠惰。黒鬼は疑う心。仏教の「五蓋ごがい」(心に蓋をする五つの煩悩)に由来するもので、陰陽道で色別設定を決めたようですが、キリスト教の「七つの大罪」(暴食・色欲・強欲・憤怒・怠惰・傲慢・嫉妬)に似てますね。

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