十二 鬼の岩屋の巻

 干しておいた太郎の着物が乾いた頃、お天道様が山のに掛かりました。


「僕、もう帰らなくちゃ」


 着替えながら太郎が寂しそうにうつむきました。鼻の奥がつんとします。

 楽しかった一日が、もうすぐ終わりかけていました。


「俺、太郎さんのうちまで送ってやるよ。わんわん」


 オオカミが鼻面を寄せると、固いヒゲが太郎の頬をくすぐりました。


「おいらも行くよ! うっきっき」


 カッパが陽気に言いました。


「わしもお供しよう! けーんけん」


 テングも快く言いました。


「ほんとう?」


 太郎は濡れたまぶたをこすって笑いました。


「そしたら、あと少し一緒にいられるね!」


 太郎の笑顔は、三人の胸を切なくしめつけました。


 ――このままずっと、一緒にいたい!


 オオカミとカッパとテングは、そっと涙ぐみました。



 まだまだ空は明るいものの、木陰には日暮れの風が吹きはじめていました。

 ほの暗い杣道そまみちを、太郎を背中に乗せた狼がゆっくりと下ってゆきます。テングの背にはミカンの詰まったアケビのかごがあり、カッパは小川で獲ったマスを笹に通してかついでいます。


「たぶんこのみちが、いつも太郎さんとおじいさんが歩いてくる径だろう」


 かすかな人の残り香を嗅ぎわけたオオカミが言いました。


「僕、こっちの径から来ないで良かった」


 太郎が幸せそうに笑いました。そのとき。


「おや、不思議だな。あんなところに灯りが見えるぞ」


 カッパの水掻きが、行く手にそそり立つ岩山を指差しました。

 まぶしい西日が、天を突くように尖った岩山の輪郭を、金色に縁取っています。


「どこに?」


 太郎は目を凝らしましたが、人の目では見分けられませんでした。


「ほれ、てっぺんの、あのひさしみたいにせり出た岩の下だ」


「やや! まことじゃ!」


 小手こてをかざしたテングが叫びました。


「あんなところに岩屋があるぞ。これまで気づいたこともなかったが」


「しかし、あれは人の住まいではあるまい」


 オオカミがたてがみを逆立てました。


「まさか、鬼の岩屋なの?」


 太郎がブルブル震えました。


「大変だ。鬼に見つかるまえに、さっさとここを通り過ぎよう」


 カッパがあわてて駆けだそうとすると、どんと何かに突きあたりました。


「なんだ、こりゃ?」


 尻餅をついたまま暗がりを透かすと、木立に混ざって、年を経た大木の幹のようなすねが何本も並んでいました。


「鬼だ! みんな、逃げろ!」


 カッパが叫んだときにはすでに遅く、一行は大きな鬼たちに取り囲まれていました。

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