十一 太郎とミカンの巻

 きびだんごで元気を回復したテングは、ばさばさと羽ばたいて空に舞いあがりました。そして、鈴なりに実ったミカンを見まわすと、カラスそっくりの顔でニタニタ笑いました。眉毛が白いので、強面こわもてのイワトビペンギンのようでした。


「なんで、ミカンでそこまで笑うんだ? きもちわるいぞ!」


 下からカッパが、からかいました。


「おまえが言うな! アオミドロみたいにヌラッとしおって!」<注1>


 気の強いテングは即座に言い返しました。


「なんだと! おまえなんか、全身トリハダじゃねえか!」


 口惜しがったカッパが、ジャンプしてテングにつかみかかったので、テングが一本歯の下駄をはいた足で応戦しました。


「よせ、よせ! おまえたち!」


 あきれたオオカミが吠えました。


「キジとサルがケンカしても、ことわざにもならないぞ!」


 太郎がアハハと笑ったので、カッパとテングは恥ずかしくなって手を離しました。


「だって、こいつが、ものっそい悪い顔して笑うもんだから」


 カッパが、ふんと横を向いて上唇をとがらせました。


「ミカンをみると自然と顔がほころぶのじゃ!」


 テングがクチバシを振り立てて言い返しました。


「そんなにミカンが好きなのか?」


 オオカミが、たてがみをかしげて訊きました。


「うむ。毎日、この木の世話をしてきたからな」


 テングがうなずきました。


「ええっ! キジさんが、このミカンを育ててくれてたの?」


 太郎の手が、ぎゅっとテングの袖をつかみました。おじいちゃんとおばあちゃんはお百姓さんですから、草木を育てるのがどんなに根気のいることか、小さい太郎も知っています。カラスによく似た、その顔を、太郎は尊敬の眼差しで見上げました。


「それで、このミカンは特別においしいんだね?」


 太郎を見おろすテングの目から、はらはらと涙がこぼれました。ミカンの木の世話をしてきた日々が報われた思いがしたのです。


「ほれ、どうぞ。この実が、いまこそ食べよと言うておる。わしには分かる」


 テングは、いま摘んできたクネンボみかんを差し出しました。


「ありがとう!」


 クネンボみかんはほんのりとあたたかく、太郎の手のひらをぬくめました。

 陽射しを含んだようにつやめいた実は、まるでお天道様の子どものようでした。

 太郎は皮をむいて、金色の汁の滴るひとふさを口にふくみました。 


「うわあ! おいしいねえ!」


 太郎は目を丸くしました。こんなにおいしいミカンは、はじめて食べました。

 ミカンと一緒に、九年母山くねんぼやまに吹く風を食べているようでした。


「おいしい! おいしい!」


 太郎は夢中でミカンをほおばりました。


「さようか。おいしいか」


 テングは袖で涙をふきました。

 一人占めなんかしなくて良かった。心からそう思いました。


「そうだったのかあ!」


 カッパが大きく開けた口は、正面から見ると菱形に見えました。


「笑って、ごめんな! キジ! おいら、干物にされても文句はない!」


 カッパが勢いよく頭をさげたので、お皿の水がこぼれました。


「よしてくれ!」


 テングはあわててカッパの手を取りました。


「このサルに悪気わるぎはないんだ。勘弁かんべんしてやってくれ」


 オオカミもテングに頭を下げました。


「わしとて、ひどいことを申しました。堪忍かんにんしてくだされ」


 三人は仲直りをしました。そのとき。


「キジさん! ミカン、もっと食べたい!」


 ミカンを平らげた太郎が、テングを呼びました。


「よいとも! いくらでも取ってまいりまする!」


 テングは勇んで空に舞いあがりました。





<注1> アオミドロ……青味泥、水綿。青緑あおみどりともいいます。川や田んぼやビオトープなどの淡水に生える。俳句では夏の季語。

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