十 天狗森のキジの巻

「おのれ、こぞう! なにゆえ、その呪文を知っておる?」


 力を失ってミカンの木の根元に転がったテングは、涙目で太郎をにらみました。


「おばあちゃんが教えてくれたの! アビラウンケンソワカ!」


 お調子にのった太郎は、もう一度唱えました。


「やめてくれえー!」




 おばあちゃんが得意な昔話に『テングとじいさま』というのがありました。

 テングが空を飛ぶときに唱える呪文があって、それを覚えたじいさまに先回りして唱えられたら、飛べなくなって困ってしまうというおはなしでした。

 太郎はこの話がお気に入りで、じいさまが「アビラウンケンソワカ!」と唱えるところでは、いつもおばあちゃんと声を揃えて唱えるのです。



 ジタバタもがいているテングに、牙をいたオオカミと、こぶしを固めたカッパが、ジリジリと詰めよりました。


しばし! 暫し待たれよ! わしはテングではない!」


 クチバシの奧まで見せて、テングが叫びました。


「ウソをつけ!」


 カッパが、テングの胸倉むなぐらをつかみました。


「嘘なものか! わしはキジでござる! けーんけん!」


 テングは裏返った声で鳴きました。


「手足のあるキジがどこにいる!」


 オオカミが牙をギシギシと鳴らしました。いまにも八つ裂きにされそうです。


「そのことでござる! この姿には、語るも涙の深いわけがあり申してな。ぼうや、聞いておくれでないか? けーんけん!」


 震えあがったテングは、すがりつくような眼差しで太郎を見つめました。


「うん。教えてよ。どうしたの?」


 太郎が素直にうなずいたので、テングはその手を握りしめ、涙ながらに語りました。


「わしの母は、やんごとなき姫君であったが、その美しさに惚れた父は、山の神なるキジでありました。許されざる恋の果てに、生まれでたる子が、このわしでござる! けけーん、けん!」


 ほうと、憧れの眼差しで、太郎はテングの翼を眺めました。


「すごいねえ! キジさん、カッコイイ!」


「なんと? カッコイイ?」


 テングのぎょろ目が何度もまたたきました。 ――ここは泣くところなんだが。


「それで背中に翼があるんだ! ツヤツヤだねえ! 触ってもいい?」


「はい。どうぞ。けーんけん!」




「――あいつ、見かけによらず賢いな」


 オオカミがカッパにぼそりと耳打ちしました。


「うむ。見事に子どもの心をわしづかみにしたな」


 カッパもうなずいて拳をおさめました。 



「キジさん、ごめんね。僕、テングって、見たことないから」


 太郎は自称キジに謝りました。


「なんだか悪いことしちゃったね。イヌさん。サルさん」


「ええっ? どこに、イヌとサル? こっちの人なんか、どうみても、カ……」


 目をいて叫ぶくテングのすねを、カッパが蹴りました。


「イタイ! イタイ!」


「どうも! サルです! よろしくね! うっきっき!」


 自称サルの真っ赤な目が、えぐるように自称キジの青い目を睨んでいます。


「そして俺がイヌだ! 見てわかるだろ! わんわん!」


 自称イヌが鼻面に剣呑けんのんな皺をよせて、自称キジの匂いを嗅ぎました。


 はっとしたテングは、あわてて何度もうなずくと、二人にお辞儀をしました。


「サル殿、イヌ殿! キジでござる。以後よろしくお頼み申す! けーんけん!」



 すると太郎が、竹の皮の包みを開けました。


「キジさん。きびだんごをどうぞ」


「ええっ? きびだんご!」


 自称キジは、目をみはりました。

 つやつやした宝珠ほうじゅのようなお団子に、黄粉きなこがかかって並んでいます。


「木から落としちゃって、ごめんね」


「かたじけない! 謝るのはわしでござる!」


 わしは、ミカンを一人占めしたくて、この子を追い払おうとしたのに。

 はらはらと涙をこぼしたテングは、きびだんごをひとつ口に入れました。


「なんと! これは、おいしい!」


「そうとも! おいしいのさ!」


 もぐもぐ食べながら、自称サルが言いました。


「そうだ! 太郎さんのきびだんごは、おいしいんだ!」


 自称イヌも目を細めて言いました。



 こうして四人は友だちになりました。

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