八 クネンボみかんの番人の巻

 河童淵かっぱぶちから白い河床かわどこを流れる小川をさかのぼると、そそり立った岩山の端から青空がのぞきました。暗い峡谷を抜けだした三人に暖かな陽射しがふりそそぎます。


 あ、と太郎が声をあげました。

 川上から吹きよせる風が、甘く爽やかな香りを運んできました。


 なだらかな丘のうえに、大きなクネンボみかんの木がありました。濃い緑の葉の密に茂る、丸みを帯びた樹形は、擬宝珠ぎぼしのかたちに似ています。鈴なりに実ったミカンが、真昼の陽射しを浴びて黄金こがね色にかがやいていました。


「やったあ! クネンボみかんだ!」


 太郎は夢中で駆けだしゆきました。


「よかったな。太郎さん」


 その後をゆっくり追いながら、オオカミがしみじみと言いました。


「太郎さんは、そんなにあのミカンが好きなのか?」


 カッパは、太郎の濡れた着物を笹竹の先に引っかけてかついでいます。


「うむ。ミカンが欲しくて、一人で九年母くねんぼやまに来たそうだ」


 オオカミが誇らしげにこたえました。 


「へえ。勇気あるな。あんなに小さいのに」


 カッパは素直に感心しました。


「ところで、サルよ。お前はミカンは要らないのか?」


 オオカミが何気なく訊きました。


「おいら、っぱいのはダメだ。……サルだけど」


 カッパが目を泳がせました。「イヌよ。お前は?」


「俺は食べないよ。だって……イヌだもの」


「……そうなんだ」


 イヌとサルは、互いから目をらしてフフンと笑いました。




 クネンボみかんの木は、さらさらと流れる小川の岸辺に立っていました。

 陽あたりの良い小さな丘は、こんもりと茂った森に囲まれています。


「いただきまーす!」


 熟した重みに梢をたわませたクネンボみかんに太郎が腕を伸ばした、そのとき。

 ミカンに黒い影がぎりました。


「なんだろう?」


 太郎が空を見上げると、大きな黒い鳥が急降下してくるところでした。


「カラスかな?」


 しかし、黒い翼を羽ばたかせているのは、白装束しろしょうぞくにカラスの顔をした山伏でした。赤いまりつなげたような結袈裟ゆいげさが風になびいています。

 これこそ、おばあちゃんの言っていたテングに違いありません。


「わあ、たすけてえ!」


 太郎は泣き声をあげました。


「太郎さん!」


 たちまち赤い矢のようにオオカミが駆けつけました。背中に太郎を隠したオオカミは、テングに鋭い牙を向けて吠えました。


「うおおおうん! 太郎さんに触るな!」


 テングは空中で動きを止めて、青い大きな目でギョロリとオオカミをにらみました。額のうえに小さな頭襟ときんを乗せています。

 テングがクチバシを開くまえに、その肩先をとがった石がかすめました。


「この人さらい! たたき落として食ってやるぞ!」


 緑色の顔を怒りでどす黒く濁らせたカッパが、石を拾ってはテングに投げつけているのでした。


「あぶないっ! 狼藉ろうぜき者! なにをするか!」<注①>


 次々に飛んでくる石礫いしつぶてけながら、テングが叫びました。



* * *


<注①>「狼藉」……乱暴なふるまい。ものが散らかっている様子。

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