七 河童淵のサルの巻

 その淵は河童かっぱぶちといいました。道に迷った旅人がカッパを見かけたというので、この近在では口にするのもはばかられる場所でした。


 そんなところへ元気な子どもの叫び声が、空から降ってきたのです。カッパは興味きょうみ津々しんしんで覗いていたというわけです。やってきたのは、人の子どもと大きなオオカミでした。そして二人の口元には、黄粉きなこがついていました。


 ――なんか、美味しいもの、食べてたでしょ? なに食べてたの?


 そう訊きたかっただけなのに。


 カッパは、ぺちゃんこの鼻を、ヒクヒクさせて狼狽うろたえました。

 このままでは怒ったオオカミの餌食えじきになってしまいます。


「おいら、カッパじゃないよ!」


 追いつめられたカッパは、水掻みずかきのついた指で濡れた前髪をかきあげ、爽やかに頬笑んでみせました。


「サルだよ! うっきっき!」


「ええっ!」 「ほんとうに?」


 太郎とオオカミは目をみはって、緑色のバケモノを見つめました。


「ほんとうだよ! うっきっき」


 カッパは急いでしゃがみ、左の手で頭を、右の手でお尻をぽりぽりと掻きました。


「よく誤解されるけど。おいらは、おサルだよう。うっきっき。生きぎもってなんですか? うっきっき」


「その皿はなんだよ?」


 オオカミが、自称サルの頭にのっているお皿を、疑わしそう睨みました。


「これ? これは、ほら、遠泳用のキャップだよう! おいら、泳ぎが大好きなんだよう。うっきっき」


 自称サルは、内心ドキドキしながら、歯をみせて笑いました。


 ――そんなことより、なに食べてたんだよう。おいらにもくれよう!


 カッパは心の中で叫びました。



「なんだあ。サルだったのか」


 あははと太郎が笑いだしました。


「ごめんね。サルさん。僕、カッパって見たことないから間違えちゃった。ねえ、すっかり間違えちゃったね、イヌさん?」


「ええっ? イヌ? だれがイヌ?」


 息を引いてオオカミを見つめる自称サルを、オオカミは鋭い牙をきだして威嚇いかくしました。


「わんわん! イヌです! よろしく!」


 自称イヌが低い声で唸りながら、自称サルに目配めくばせしました。


「あ、はい! こちらこそ! サルです! よろしく! うっきっき!」


 二人は深くうなずき合いました。


「サルさんも、きびだんごをどうぞ!」


 太郎が、きびだんごの包みを差し出しました。


「うひゃあ!」


 カッパの赤い目は、その竹の皮の包みに釘付けになりました。

 包みからは黄粉きなこの匂いがしてきます。布でしっかりくるんであったので、水に落ちても濡れなかったようです。


「まさか、おいらに、くれるのかい?」


「うん! 助けてくれたお礼!」


 太郎が包みをひらくと、たっぷりと黄粉きなこのかかったきびだんごが並んでいました。


 震える指で、ひとつ摘んで口にいれたカッパは、あまりの美味しさに気が遠くなりました。


「おいしい! こんなにおいしいもの、はじめて食べた!」


「そうだろ。おいしいんだ」


 オオカミが深くうなずきました。


「おばあちゃんが、いっぱいこしらえてくれたの! みんなで一緒に食べようよ!」


 太郎が笑いました。


「ありがとう! 太郎さん!」


 こうして三人は友だちになりました。

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