第七話 おばあちゃんのきびだんご

 一 クネンボみかんの巻

 昔むかし。

 西国のはずれに、九年母くねんぼやまという山がありました。

 その山のふもとに、太郎という小さい坊やが、おじいちゃんとおばあちゃんと三人で暮らしておりました。


 峰の紅葉を散らして吹きおろす風が、今朝はよほどおだやかです。


 おじいちゃんは、朝から山へ柴かりに出かけました。

 おばあちゃんは川で洗ってきた洗濯ものを、庭先で干しています。


 日向ひなたの縁側で、太郎が竹とんぼを飛ばしていると、高い空からモズが鳴きました。見上げた軒先には、皮をいた渋柿が数珠じゅずつなぎに吊してありました。


 干し柿も美味しいけれど、ここから半里はんりばかり山に入ったところに、大きな九年母くねんぼみかんの木があるのです。鈴なりに実る山吹色の実が、太郎の目に浮かびました。

 クネンボみかんはかぐわしい香りの甘い蜜柑みかんで、太郎の大好物でした。


「太郎や」

 

 洗濯ものを広げているひとの横顔には、やさしい笑いじわが寄っています。


「なあに? おばあちゃん」


「お前はまだ小さいんだから、一人で山に行ってはいけないよ」


 小さい太郎は目をみはりました。


「どうして、わかったの?」


 たったいま山に行きたいな、と思ったばかりなのに。


「太郎の顔をみれば、みんなわかる」


 おばあちゃんは細いのどの奥で笑いました。

 たすきでたもとからげた白い腕が、太郎の小さな着物のそで竹棹たけざおに通しています。


「ぼく、クネンボみかん、取りにゆきたいなあ」


 まるっこい膝を縁側の端からたらして、太郎はせわしなく働くひとを見あげました。おばあちゃんは手拭てぬぐいで白髪の頭をつつみ、色のせた枇杷びわ色の小袖こせでに紺色の前掛けをつけています。


「明日、おじいちゃんと行っておいでな」


 白い手のひらが、濡れた生地をぱんぱんとはたきます。


「だっておじいちゃんてば、みかんよりキノコにすべえ、とか言うんだもの」


 太郎は、桃のような頬をふくらませました。

 つい一昨日おとといも、みかんを取りにいくはずが、キノコ狩りになってしまったのです。


「おじいちゃんは、っぱいものが苦手だからねえ」


 かがめた背中が、クスリと笑いました。


「ねえ、おばあちゃん。ぼく、一人で行っちゃダメ?」


 はだしでトンと庭におりると、太郎はおばあちゃんの前掛けの端をつかみました。


「もう六つだから、迷子になんかならないよ。いつも一人で遊んでいるのは、つまらないんだもん」


 太郎のうちは村はずれで近くに遊び仲間がいないのです。おじいちゃんもおばあちゃんも毎日忙しくて太郎の相手をしてやる暇がありません。


「そうだねえ」


 子犬のように一心に見上げてくる太郎に、おばあちゃんはやわらかく眉を寄せました。

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