7 ちゅんの帰る家

「ちゅんや。おいで!」


 おじいさんは大きい葛籠つづらふたを開けました。

 ヒヨドリが調子に乗って喋っている間に、おじいさんは大きな葛籠にじりじりと近寄っていたのです。


 ――もしあいつらが、ヒョウタンの口を開けようとしたら、大きな葛籠に隠れなさい。――というのが寛吉の策でした。


 おじいさんは、ちゅんをふところに入れて葛籠に転がり込むと、手を伸ばして蓋をパタンと閉めました。


「――なんだ。なにも出て来ねえじゃねえか」


 コンコロコン。ヒヨドリがヒョウタンを蹴る音がしました。

 そのとき――。


 耳をつんざくような絶叫が上がりました。


 激しい羽ばたきの音と悲鳴が重なりあって聞こえます。葛籠のまわりでブンブンという虫の羽音が渦巻きました。スズメのお宿の盗賊たちが泣き喚いています。おじいさんとちゅんは耳を塞ぎました。


 しばらくの間、二人がじっとしていると、おぞましい羽音のうなりは、逃げ惑う悪党どもを追って次第にとおざかってゆきました。

 おじいさんとちゅんが震えて耳を澄ませていると、遠くから「ちゅーん。ちゅーん」と二人を呼ぶ声が近づいてきました。


「おばあさんだ!」


 ちゅんは葛籠を飛び出しました。


 天井の穴から空高く舞い上がり、声の聞こえる方向を探しました。

 そして、竹藪たけやぶの径をせっせとやってくるおばあさんを見つけると、子スズメはまっしぐらに、その温かい胸に飛び込みました。


「ちゅん! ああ、良かった。無事だったのかい」


 おばあさんはちゅんを懐に抱きしめました。


「おばあさん! どうしてここへ?」


「夕飯の支度ができたから、呼びに来たのさ!」


「寛吉さんは?」


「さあね。眠そうだったから、どこかで寝てるんだろうよ」


 それだけ言うと、おばあさんは顔をくしゃくしゃにして、おうおうと泣きました。


「ちゅんのバカたれ! もう二度としませんって、おじいさんに謝りなさい!」


「ちゅんは悪くないさ。あいつらに無理矢理命じられてしたことだ」


 よっこらせと、お堂から出てきたおじいさんが言いました。


「――いいえ。そんなの言い訳になりません。ちゅんのせいでお二人が危うい目に……」


 ちゅんはうつむいて涙ぐみました。


「ちゅんは正直者だねえ」


 おばあさんはため息をつきました。


「おじいさん。おばあさん。わたしはあいつらと同じ悪党です。ごめんなさい。どうぞ罰してください」


 うなだれた子スズメが言いました。


「おじいさん! ちゅんを許してやって!」


 おばあさんが頼みました。


 すると、おじいさんは顔中を皺だらけにして笑いました。


「やれやれ。おばあさんはほんとうに欲張りじゃわい」


 お婆さんを抱き寄せたおじいさんは、ちゅんに片目を瞑りました。


「もちろん、わしもそのつもりだよ。ちゅんはわしらの大事な子どもじゃから」


 子スズメの、ほろほろとこぼした涙が、頬の黒斑を濡らしました。


「――わたしも、おじいさんとおばあさんが大好きです」


 夕風に強く吹かれた竹薮が、雨音に似たしらべを奏でました。


「さあ、うちに帰るよ。ちゅん」


 おばあさんが言いました。


「おじいさん。おばあさん。ありがとう」


 子スズメは小さな頭をさげました。


「でも。正体を知られたらおいとまするのがならいです。ねえ、そうでしょう。おじいさん」


 おじいさんが無言で目を閉じました。


「――ちゅん! どうして? いかないで!」


 おばあさんが子スズメの名を呼んでも、おじいさんはうつむいたままでした。


「わたしは今日まで、優しいおじいさんとおばあさんを騙していたのです。その罪を償うまでは、お二人のお家には帰れません」


「これから、どうするつもりなの?」


「心を入れ替える旅にでます。ごめんなさい。さようなら。どうぞお元気で」


 茶色い小さな翼がパタパタと羽ばたいて舞いあがりました。黒い粟粒のようなシルエットは、夕映えの彼方に見えなくなりました。


「お前の言った通りだ。やっぱり飛んで行っちまったなあ」


 寂しそうにおじいさんが呟きました。


「いつでも! なるべく早く帰っておいで!」


 おばあさんが蒼くなる空に呼びかけました。


 暮れゆく空には白々と細い三日月が笑っています。

 二人はいつまでもスズメの行方を見送っていました。


                      <了>

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