3 小鳥盗賊団

 山桜の実が熟すと、そろそろ衣替えの時節です。

 眩しいほどによく晴れて水木の花が満開に咲いた朝、おばあさんは「ふのり」という海藻を大鍋で煮ていました。するとちゅんが飛んできて、おばあさんの肩に留まりました。


「おや、おばあさんにもずいぶんなついたじゃないか」


 横で見ていたおじいさんが嬉しそうに言いました。


「おべっかスズメだね」


 憎まれ口をききながらも、おばあさんもまんざらでもない様子です。


 ちゅんは不思議そうに鍋の中を覗きこみ、もの問いたげな瞳でおばあさんを見ました。


「これから洗濯をするんだよ。着物を洗うには縫った糸をほどいて、一枚ずつの布にするんだ。そいつをよおく洗ってから、この糊をつけて、板に貼り付けて干すのさ」


 おばあさんが丁寧に教えてやると、ちゅんは感心したようにうなずきました。

 子スズメの仕草に目を細めたお婆さんは、急いでつけ加えました。


「煮立った糊は熱いから火傷やけどするよ。舐めてみたけりゃ、冷めてからね!」 


「チュン!」


「おや、いい返事だこと」


 おじいさんとおばあさんは、顔を見合わせて笑いました。


 その日の昼下がり。

 おばあさんは大量に干した洗濯物の日陰で、居眠りをしていました。


 庭先の豆畑には、青々した葉陰に小さく反った緑のさやがたくさん育っています。縁側には草むしりでくたびれたおじいさんが寝転んで、こちらに背中をむけて微睡まどろんでいます。肩に掛けた手拭いがほどけて、鶴のような首筋が初夏の日差しにさらされていました。猫の寛吉はどこにいったものか、いつものように姿が見えません。


 おばあさんは、急に胸騒ぎがして目を覚ましました。


 はっと振り返ると、豆畑の畦の間から何者かが近づいてきます。

 気づけば、殺気立った眼差しにまわりを囲まれていました。


「おじいさん! 起きて!」


 おばあさんが引きつった声でおじいさんを呼びました。


 豆畑から最初にのそりと姿を現したのは、すさんだ目を血走らせたヒヨドリでした。

 次に出てきたのが、やぶにらみのキジバトです。その後は額に向こう傷のあるムクドリ。肩を怒らせたシジュウカラ。トサカを真っ赤に染めたメジロ。次から次へと現れたのは、見るからに凶悪な面構えの小鳥たちの集団でした。


「なんだ、お前たちは!」


 おじいさんが震える声で叫びました。


「俺たちは義賊。その名も、スズメのお宿だ」


「なに、スズメのお宿だと?」


 おじいさんとおばあさんは恐怖に青ざめました。近頃、津々浦々で評判の盗賊・スズメのお宿。どんなに大きなお屋敷でも一度狙われたら最後だという噂でした。

 ただ、もとはお大名専門の義賊だったものが、最近は長引く不景気のせいか見境がないとか。


「知ってたかい。ありがてえ」


 ヒヨドリが眉をひそめてわらいました。

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