2 土蔵の秘密

 瑞々しい若葉の葉脈が、日に透けて重なります。

 木漏れ日がそよ風に踊る頃、子スズメはすっかり元気になりました。


 ところが飛べるようになっても逃げないばかりか、おじいさんにすっかり懐いてしまったのです。チュン、チュンと鳴いて後からついてまわるので、おじいさんは子スズメに、ちゅん と名をつけて、孫のように可愛がりました。


「なにが、ちゅんだか」


 馴れた手つきでスズメの寝床の汚れた藁を取替えて、餌箱のあわを足しながら、おばあさんはフンと鼻を鳴らしました。寛吉は縁側に箱坐りして眠っています。この猫にとって子スズメなど眼中にないようです。


「どうせそのうち、どこかに飛んでいっちまうのに」


「そうかも知れんなあ」


 相づちを打ちながら、おじいさんは肩に留まったちゅんの頭を撫でました。子スズメが嬉しそうにさえずるのを横目で睨むと、おばあさんは川へ水汲みに出掛けました。



 おじいさんが土間に坐り込んで鎌を研ぎはじめると、ちゅんはパタパタと羽ばたいて、家の中をあちこち探検しはじめました。おばあさんがいると叱られますが、おじいさんだけなら平気です。


「ちゅんや。すぐにおばあさんが戻ってくるで、そのへんをよごすんじゃないぞ」

 背中を向けたままおじいさんが言いました。


 ちゅんは囲炉裏いろり火棚ひだなに留まります。高いところから見渡すと、部屋の隅の、屏風びょうぶの裏に古ぼけたやなぎ行李ごうりが置いてあるのに気がつきました。そのとき、おじいさんが立ちあがったので、ちゅんは急いで目を逸らしました。


 おじいさんはなにも気づかずに屏風の裏の柳行李を開けると、中から大きな鍵を取り出しました。ちゅんがこっそり見守っていると、おじいさんはサビのでた鍵を持って外に出ました。耳をそばだてていると、土蔵の扉が軋んで開く音がしました。


 母屋の隣に小さな土蔵がありました。どこに行くにもちゅんを連れていくおじいさんが、この土蔵にだけは決して入らせてくれなかったのです。


「――しめた」


 ちゅんは思わず一人言をいいました。その途端――。


「シュベックポン!」


 不思議なクシャミをして猫が寝返りを打ったので、ちゅんは足を踏み外しました。心臓が音を立ててはね上がっています。今の一人言を聞かれたのでしょうか。

 平静を装って盗み見ると、猫は仰向けに腹を見せて寝込んでいました。


(――やめてよね)


 今度は声に出さずに、ちゅんは大きく息を吐きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る