第五話 スズメのお宿の小悪党

 1 子スズメちゅん

 昔むかし、大きな山桜の木の下に小さなかやき屋根の家がありました。

 春には白い天蓋てんがいのようになる桜を仰いで、おじいさんとおばあさんが暮らしていました。


 ある朝のこと、春の名残の花びらが一面に散り敷かれた庭先に、茶色い小鳥がうずくまっていました。片方の翼を力なく垂らし、ときおりチイチイと哀れっぽい声で鳴いては、チラチラと家の奧をうかがっています。


 日当たりの良い縁側に出てきたのは、髪も眉も真っ白なおじいさんでした。

 太った白黒のぶち猫を抱えていた、おじいさんは小鳥見つけるや、目を丸くしました。そして猫を床に下ろすと、よいこらしょと庭におりました。


「かわいそうに。どこからきたんじゃ。昨夜の大風で巣から落ちたか」


 巣立ったばかりと見えて、羽先の白さも初々しい子スズメでした。

 しゃがみ込んだおじいさんの袖の下から、ぶち猫の大きな顔がのぞきました。いきなり前足で羽を踏んづけられて、子スズメは息が止まりそうになりました。


「これ、旨そうでも食べてはいかん」


 笑って猫を押しのけると、おじいさんはそっと子スズメをてのひらに包みます。


「うちにおいで。手当をしてやろうな」


 人に馴れないはずのスズメの子が、しわの寄った掌に抱かれてじっとしています。つぶらな瞳がおじいさんを見上げました。小さな心臓がドキドキと絶え間なくはずむのが、おじいさんの手のうちに伝わるのでした。


「よしよし。いい子だ。いい子だ」


 おじいさんは子スズメを抱えてひょいと縁側にあがります。乾いた木桶にわらを敷いてスズメを入れると、羽織を脱いで温かくかぶせてやりました。


「お待ちよ。いま水と、それから餌もやろうなあ」


 おじいさんがいそいそと台所にいくと、野良着のらぎの腰に手拭いをげたおばあさんが、水桶の前に腕組みをして立っています。おじいさんは、とっさに目を逸らしました。


「スズメなんてね、人にゃ馴れませんよ」


 眉根にしわを寄せたおばあさんはうなるように言いました。その足元にはぶち猫が澄ました顔でひかえています。


「飼ったって、すぐに死んじまいますからね」


「にゃうにゃう」


 ぶち猫も何か言い添えたようでした。


「――そうじゃな。うん」


 高い空からヒバリの歌が聞こえます。

 この忙しい季節になにを考えているんだ、とけわしい眼差しが伝えています。

 おばあさんは、すべて顔に出るタイプでした。


 おじいさんは気まずそうに笑って頭をかきました。


「でもほら。放っておいたら、タカやカラスに喰われてしまうだろうしなあ」


「へええ。さいですか」


 きれいごとを言うなと、への字の唇がもの語ります。


「うちには寛吉ひろきちだっているんですよ」


「にゃう」猫が目を細めました。


「大丈夫だよ。こいつはネズミ一匹獲らないじゃないか」


 ぶち猫の寛吉は、存在感はありますが、昼間はたいてい寝ていて、夜になると元気にどこかへいなくなるという、まるで役に立たない猫でした。


「わたしゃ、スズメの面倒まで見きれませんからね」


「はいはい。もちろん。あの子の世話はわしがしますよ」


 おじいさんは、慌てて野良着に着替えながら、ぶち猫にささやきました。


「寛吉や。頼むよ。お前もこの子の面倒をみてやっとくれよ」


 寛吉が尻尾をぐるんと回しました。これは猫の言葉で(不本意ながら承知した)という意味でした。

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