いつつ

 ゴーヤ棚を子細に眺めてみると、どのゴーヤもネズミのような尻尾を左右に揺らしている。そういうことか。分かってしまえば、こちらのものだ。もう逃がさん。

 呼吸を整えた私は剣豪のようにハサミを構え、三つめのゴーヤに敢然と挑んだ。


「チャンプるー」


 しまった。手触りの愛しさに一瞬遅れを取った。

 ゴーヤは私の指を華麗にすり抜けると一目散に逃げていったのだ。


 それから私は日が傾くまでゴーヤを追いかけ、ことごとく逃げられた。

 そしてついに最後の一個となった。今度こそ絶対に逃がすわけにはいかない。しかし、半日ハサミを握り続けた右手には痛いマメができていた。私は左手にハサミを持ち替え、右の掌を鷲のように構えた。


 チョキン。「チャンプるー」

 声高く嬉しそうに鳴いたゴーヤは、たちまち姿をくらました。


 がっくりと膝を折った私の傍らに、いつの間にか山姥やまんばが戻ってきていた。


「だから言ったろう。先に尻尾を切れって。そうすりゃ、ゴーヤネズミは逃げられないんだよ」


「ああ、そうだったのか」


 私は土に額をつけて項垂うなだれた。


「こんな役立たずは見たことがない。とっとと帰れ」


 山姥の言葉が終わらぬうちに、視界に暗い靄がかかった。

 気づくと、私はゴーヤ峠を見た崖縁に佇んでいた。あの石塔が目の前にある。

 そしてそのとき、私には消えかけた文字がすべてはっきりと読み取れたのだ。


 ――募。仕事手伝い求む。委細面談。姥。



 そんなわけだから。莉乃よ、ゴーヤ峠だけには行ってはならぬ。

 よもや行くようなことがあれば、懐中電灯だけは返して貰ってくれ。


                              <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る