3 一世一代の頼み事

「おい、泣くなよ。悪かったよ。鳴けないってなあ、そういうことかい」


 竹蔵さんは歯を食いしばって、笑いをかみ殺しました。


「なんでまともに鳴けねえんだい?」


「語るも涙でござる」


「まあ聞かせてくんな」


「かしこまってござる」


 そこで餅之助は語り始めたのです。



「そもそもウグイスは山住まいにござるが、春ともなれば、こうして人里に下りて、春を告げたるを、先祖代々のならいとしておりまする」


「ほう。するってえと、ウグイスは夏になったら山の古巣に帰るのかい」


「いかにも。役目を終えれば奥山の住まいに戻り、夏から秋、秋から冬、ひたすらホケキョウの稽古に精出して、春を待つのでござる」


「そうだったのかい。見上げたもんだ」


 竹蔵さんはすっかり感心してしまいました。


「昨年の夏より、やまふところなるウグイスの里に籠もり、日々厳しい修行に明け暮れ、今や遅しと春を待ち申したのでござる」


「勇ましいじゃねえか」


 竹蔵さんは目頭が熱くなりました。


「雪が解け、いざ鳴くべしと、里へ下りて参った」


「おう。いよいよだな」


 竹蔵さんは身を乗り出しました。


「ところがでござる。くちばし開けて、さあ大変」


「どうしたい?」


「気合いばかりはみなぎれど、肝心かんじんかなめの鳴き方を、あらさっぱりと忘れ果て、鳴くに鳴けない、この始末」


「えええ?」


 竹蔵さんはガックリよろけそうになりましたが、涙にくれるウグイスの手前、あやうく手前で踏み留まりました。


「そいつは、ええと、難儀なんぎだったなあ」


「情けないことにござる」


 それでも餅之助は翼で涙を払うと、竹蔵さんの眼をまっすぐに見上げました。


「餅之助、一世一代の頼みにござる。先程からの神業かみわざのようなホケキョウですな。あれをご伝授頂きたい」


「神業って? ……へへ、へえエエエエっくしょう!」


 ここまで我慢してきたクシャミが、豪快に炸裂しました。


「師匠、お見事!」


 咄嗟に伏せて難を逃れた餅之助は、翼をバサバサと打ち合わせて拍手しました。


「教わろうてのは、まさか俺のクシャミかい?」


 竹蔵さんは、最高に大きく目を剥きました。

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