2 ウグイスの悩み

「ともあれ、本日こうしてまかり越しましたるは、竹蔵たけぞう殿に折り入って頼みがあってのことでござる」


 餅之助もちのすけは腰をかがめて深々と頭を下げました。


「ウグイスが、俺に頼みだあ?」


 竹蔵さんはそうでなくともデカい目をさらに大きく見開きました。


「いかにも! 竹蔵殿。なにとぞ、せっしゃを弟子にして下され」


 これを聞いた竹蔵さんは仁王様のようないかつい顔をくしゃくしゃにほころばせました。


「おいおい。よしてくんな。弱ったなあ。まあ、なんだよ。俺も腕には、ちいとばかし自信があるが、まだ弟子を取るにゃあ早過ぎらあ」


「何をおっしゃる。竹蔵殿の御高名ごこうめい、世間に鳴り響いておりますぞ」


「本当かい? いつの間に鳴り響いたんだい」


「ご冗談を。いまや、竹蔵殿の名を知らぬウグイスはおりませぬ」


「そうかい。こいつは嬉しいねえ」


 竹蔵さんは、身をよじってすっかり照れてしまいました。


「だがよぉ。ウグイスに大工は、ちいとばかし難しくねえかい」


「そこはもちろん。大工ではなく、御高名なほうのお弟子でござる」


「ええ? 大工じゃねえって? 高名な方てな、いったい何でい?」


 竹蔵さんは、さらに目を剥きました。


「またまた謙遜けんそんを」


「いや、さっぱり思いあたらねえ」


「声でござる」


「声?」


 竹蔵さんは、ひどくがっかりしました。


「俺の声のデカいなあ、確かだが、歌の方はからっきしだぜ。だいいち、声ならウグイスにかなう者はいねえだろうよ。ホウホケキョウ、てなもんだろうに」


 これを聞いた餅之助は、いきなり羽を広げて、よよと泣き崩れました。


「おい。どうした、いったい?」


「よよよよっ! よよよよよっ!」


「どうしたってんだよ。泣くなよ!」


「鳴けないのでござる」


「泣いてるじゃねえか」


「いや、そうではなく……」


 泣き濡れた顔をあげた餅之助は、足を踏ん張って立ち上がりました。


「ちと聞いて下さるか」


「おうよ」


 竹蔵さんはうなずきました。


 気を取り直した様子の餅之助は、大きく口を開けて声を張り上げました。


「ホンオオオォォォォォォ……ッキョク!」


「北極?」


「ホンオオオォォォォォォ……ッケロ!」


「カエル?」


 何度鳴いても「ホウ ホケキョウ」になりません。

 しまいに竹蔵さんは堪えきれずにゲラゲラ笑い出しました。


「笑い事ではござらぬ」


 餅之助はまた、よよよと泣いて翼で顔をおおいました。

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