短編童話集 ❄ 終わらないエンドロール

来冬 邦子

第二話 うぐいす餅之助

 1 爆発するクシャミ

「へええエエエッくしょう!!!」


 春は竹蔵たけぞうさんが爆発します。



 桜の蕾がふくらむと、大工の竹蔵さんのつらい季節のはじまりです。


「目はかゆい。鼻は詰まる。クシャミは止まらねえエエエエっくしょう!!!」


「にゃぁー!」 不意を打たれた猫が塀から転げ落ちました。


 竹蔵さんのクシャミは豪快です。半径10km四方には届くという噂でした。

 やたら景気が良くて花火のようだと滅法めっぽう評判で、わざわざ隣町からクシャミを聞きにやって来た御隠居が、想定外の迫力に腰を抜かして「こいつぁ、たいしたもんだ。光ろうもんなら、雷様だ」と感心しながら、戸板に乗せられて帰ったというんですから並みではありません。本人はひとつも有難くありませんが。


「このクシャミだけでも、どうにかならねえかなあアアアアっくしょう!!!」


 今朝も普請場に向かう道すがら、花粉避けの手拭いで、顔中ぐるぐる巻きの頬被ほっかぶりにした竹蔵さんは、鼻をすすってぼやきました。


「もうし。もうし、そこな御仁ごじん


 いきなり歌舞伎役者のような、朗々と響きわたる声に呼びとめられました。

 竹蔵さんが振り向くと、一分咲きの桜の枝先に茶色い小鳥がかしこまっていました。


「大工の竹蔵殿と、お見受けつかまつった!」


「へ? へへ、へええっくしょう!!!」


 驚いた拍子に、うっかり竹蔵さんが口も押さえずに、クシャミをしたものだからたまりません。小鳥は留まっていた枝ごと、爆風にふっ飛ばされました。


「こいつはすまねえ。怪我はねえかい?」


 時の間、目を回していた小鳥でしたが、竹蔵さんの大きな掌の上で我にかえると、はっと居住まいを正しました。


「これはかたじけない。噂には聞き及んでおりましたが、まことに惚れ惚れする声音こわねにござる。せっしゃ、感服かんぷくつかまつった」


 小鳥は元気に羽ばたいて、さっきより太くて丈夫そうな枝を選んで留まりました。


 竹蔵さんは目を丸くして、小さな鳥を眺めました。


「こいつはたまげた。小鳥がしゃべるってだけでも珍しいが、たいそうな話し方をするじゃねえか。驚き桃の木スズメの木たあ、この事だな」


「失敬な。せっしゃ、ウグイスでござる」


「そうなのかい? ウグイスてのは、もっと抹茶みてえな色かと思ったよ」


「抹茶はメジロ殿にござる。これなるは、うぐいす餅之助と申す者。お見知りおき下され」


「こいつはまた、旨そうな名前だね」


「父はうぐいす餅之進もちのしん。祖父はうぐいす餅右衛門もちえもん。由緒正しき うぐいす家 の男子は皆、名前に餅がつくのでござる」


「なんで餅にしちまったかね」


「そこは存じませぬ」

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