6 太郎の帰還

 子どもたちは浜辺で酒盛りをしている漁師たちに出会いました。


「太郎さんって人を知りませんか」


「太郎さんって人が、ここに来ませんでしたか」


「若い漁師なんですけど」


 子どもたちは口々に訊きました。


「おお、知っとるとも。太郎って人やろ。今朝早く、ここに来よったわ。村の方に行きよったで」


 西国訛りの漁師たちは、喜んで太郎の行方を教えてくれました。


 実は十数年前、この岬で難破した西国の舟がありました。そのとき助かった漁師たちが作ったのが、この村だったのです。


「おもろい人だったわ。見つけたら帰りに寄ってや」


「きっとやで」


「ありがとう。おじさんたち!」


「おっちゃん、言うてや」



 子どもたちは浜辺の村に行きました。


 すると、おばあさんを連れた猫たちが散歩をしていました。


「太郎さんって人を知りませんか」


「太郎さんって人が、ここに来ませんでしたか」


「若い漁師なんですけど」


 子どもたちは口々に訊きました。


「おお、知っとるで。漁師のにいさんやろ。さっきまでそこで泣いとったわ。岬の方に行きよったで」


「にゃあ」


「にゃあ」


 猫とおばあさんは、喜んで太郎の行方を教えてくれました。


「にいさんが見つかったら、うちとこに寄ってや。お茶でも飲んでいきなはれ」


「にゃあ」


「にゃあ」


「ありがとう。おばあちゃん!」


 子どもたちは岬に向かって走りました。




「太郎さーん」 「太郎さーん」 「太郎さーん」




 凪いだ入り江を夕靄のとばりがくるみます。

 鳴き交わす千鳥の群れが、黄金色の空に飛び立ちました。


 この美しい世界が夢なのか、この胸の悲しみが夢なのか、太郎にはどちらか分からなくなりました。この断崖から跳べば、黄金色の夕靄に自分も溶けてしまうのだろう。太郎は目を閉じて両手を広げました。――そのとき。


「痛い!」


 コツンと固いものが頭に当たって、太郎は我に返りました。


「アアア アアア」


 見上げると、楽しそうに笑ったからすが、松の梢をかすめて飛び去るところでした。


「鴉め、なにを落としたのだ」


 足元の草の間からキラリと目を射る輝きが差しました。

 手探りしてみると、掌に馴染んだ懐かしい感触が指先に触れました。それは、あのとき亀を助けようとして差し出した仏様でした。



「いたぞ。太郎さんだ!」


 背中の熊笹の茂みが分かれて、まず勘八が飛び出しました。


 続いて三吾とお俵も躍り出ました。子どもたちは太郎の腰にむしゃぶりつきました。地面に転がった太郎の上に、子どもたちが坐り込みました。


 太郎は驚いて息が止まりそうでした。


「お前たち、とうに死んだのではなかったのか!」


「そいつは、こっちの台詞だよ。太郎さん」


 子どもたちは大声で笑いました。


「しかし。あれからもう三百年たったのではないのか?」


「三日しかたってないよ」


 お俵が笑いました。


「しかし。村に知った者が一人もおらなかったぞ」


「いるわけないよ。ここは、おらたちの村じゃないもの」


 勘八が笑いました。


「だが言葉が……なんか、がさつで、妙に距離が近くて……」


 三吾が笑いました。


「亀が間違えたんだよ。ここは隣村だ」


「ええ? 隣村?」


 太郎の驚いた顔が可笑しくて、お俵も勘八も三吾もお腹を抱えて笑いました。みんなで鼻水を垂らして笑いました。


「では、では、母上は……」


 太郎が震える手を伸ばすと、子どもたちの掌がその両手を握りしめました。


「待ってるよ!」


「早く帰ろうよ!」


「太郎さんが帰ってくるまで、石になっても待ってるって言ってたよ!」


 太郎は空を見上げて大声で泣きました。


 それから、子どもたちと一緒になって思い切り笑いました。


 崖端には黄色い花が潮風にそよいでいました。



 渚の小舟が黄金色の波に揺れています。大亀はどこに行ったものか、いつの間にか姿を消していました。家路を辿る漁師たちが、太郎と子どもたちに気づいて、手を振りました。大きく手を降り返した太郎は、子どもたちと一緒に波打ち際へと下りていきました。

                                 <了>

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