3 太郎の捜索

「おらたちが、太郎さんを迎えに行ってくるよ!」


 子どもたちは泣きながら海に向かって駆けだしていきました。


 子どもを海で亡くした母親は、みんな龍宮城の夢を見るのでしょうか。

 子どもの帰りを信じて永遠に待ち続けるのでしょうか。


「おら、絶対に海で死なないぞ」


「おらも死なない」


「おらだって」


 波打ち際に駆けおりると、なんとそこに、あの大亀がのんびりとうずくまっていました。


「あの亀だ!」


「捕まえろ!」


 子どもたちは大亀に襲いかかりました。


 大亀は悲鳴を上げたかったでしょうが、声帯の構造上、無言で捕まるしかありませんでした。子どもたちは甲羅の下に丸太ん棒を突っ込むと力を合わせて押したので、大亀は仰向けに転がりました。テコの原理でした。


「太郎さんを返せ! 人さらい」


「太郎さんをどこに連れていったのよ」


「返さないと、下から炙って生きたまま亀汁にするぞ」


 さきほどから胸に淀んでいた、やり場の無い怒りのすべてを、子どもたちは亀にぶつけました。


「やめて、やめて!」


 仰向けになった亀は、ひれをばたつかせて泣いて頼みました。


「もう亀汁は、勘弁して下さい」


「――しゃべった」


 子どもたちは驚きました。


「ここまでされたら、そりゃあ、しゃべりますよ」


 亀は憤然として言い返しました。


「太郎さんなら、今朝のうちに送り届けたじゃないですか」


「どこに」


「元の浜ですよ」


「元の浜って、ここじゃないか」


「ありゃあ?」


 亀は裏返ったまま首を傾げました。


「この辺りは、似たような浜辺ばかりだから、間違えたかな」


「どこだよ」


「さあ。どこだったかなあ。この近所ですよ」


 子どもたちは、黙って甲羅の下に乾いた薪を積み始めました。


「待って! いま思い出すから! 待って!」


 亀は前ヒレの先を合わせて拝みました。


「ふざけるなよ!」


「太郎さんを置いてきた浜に、いますぐ連れていってよ!」


「喰うぞ!」


 子どもたちの眼差しの闇に、亀は震え上がりました。


「分かりましたから。ご案内しますから、勘弁してください」


「こいつめ、逃げるなよ」


「うえーん」




 甲羅に縄をくくられた亀は、子どもたちの乗った舟を牽いて沖へ出ました。


「困ったなあ。どっちだったかなあ」


 潮騒の空でウミネコの群れが鳴き交わしています。


 こうして岸から離れて眺めると、青い岬と松林のある白砂のよく似た浜辺が、いくつも並んで羊歯の葉のような海岸線を描いていました。


「ほんとだ。よく似てるなあ」


「そうでしょう?」


 亀が嬉しそうに言いました。


「目印とか、ないの?」


「目印? ああ、そうだ。太郎さんは目印を持っているんだ。少々お待ち下さいね」


 甲羅の隙間からインカムを装着して、亀は誰かと話し始めました。



「――お疲れ様です。こちら亀です。なるはやでお願いします。――ええ、そうです。昨日お見えになった浦島太郎さんの現在地を。――りょ」


 ピピー。


 程なく鋭い着信音が海面に響き渡りました。


「はい。お疲れ――。え? 反応無し。それって、どういう意味――。え、最後に破壊音が聞こえて、それっきり? ――そりゃまずいなあ」


 インカムを切ると、亀はいかにも参ったふうにグキグキと首を回しました。


「どうかしたの?」


 お俵が心配して尋ねました。


「ううん。いえ――ちょっと待ってくださいね」


 亀はヒレを大きく掻くと東の岬を回り込みました。そこにも青い岬と白い浜が広がっています。

 波打ち際に上がると、亀は子どもたちに言いました。


「太郎さんの足取りはここで途絶えたそうなんですよ。大変申し訳ないんですが、今どこにいらっしゃるのかは、分かりかねます」


「分かりかねるって、なんだよ。お前がなに言ってるか、わかんねえよ」


 三吾が、水しぶきを上げて舟からおりました。


「もう喰おうぜ、この亀」


「よしきた」


 勘八が、舟の櫂を振りかぶりました。


「待って。説明させてください!」


 大亀が必死にもがきました。


「太郎さんの居場所を教えないなら、こうしてやる!」


「やめてえ。お助けええ!」


 亀の裏返った悲鳴が波の上を渡っていきました。

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