きっとそんな感じ

續木悠都

きっとそんな感じ

「浅黄、オレお前の事が好きだわ」

 高校二年の冬、言わなければ一生友達のままでいられるはずだったその言葉は寄り道ルートの一つである公園のベンチに座り曇り空の下で飲み物を飲んでいる時にすんなりと出てきた。いつも通りの声音だったと思うそれは、けれども少しばかり熱がこもっていたかもしれない。

 どうしてこんな言葉が出てきたのか、どうして言ってしまったのか、そんなのを考えても仕方がないのは分かっている。それと同時に少しだけの後悔が頭の中を占領した。

(こういうのを覆水盆に返らずって言うんだっけ)

 そんな事を思いながら隣にいる浅黄の顔を見ることができないまま、俺は手に持っているカフェオレの缶をじっと眺める。

「……お、おー? 俺も檜垣の事は好きだぜ?」

 間を置いて出た少しだけ上ずった声に、ここで冗談だと言えば良かったのかもしれない。けどそれができなかったのは自分の気持ちを冗談で済ませたくなかった。

「お前とオレの好きは違う」

 浅黄は同性愛には偏見はないと(三つ上のお姉さんがバイセクシャルというのもあるからだと)言っていたけど、でも偏見がないのと対象になるのはまた別だろう。偏見はないにしても告白されりゃ悩むだろうし、明日から避けられるんだろうなとか考えると少しだけ泣きたくなった。

「それってどういう意味だよ」

「どういうって?」

 いつもより低い浅黄の声に俺は視線をそっちに向ける。するとその表情は少しだけ寂しそうなものだった。

「好きが違うってどういう意味かっての」

「……それを言わせるのかよ、お前は」

「いや、まあ確かに言わせんのは酷い事かもしれねぇけど。あと驚いて変な間ができたのは謝るけど!」

「は?」

 変な間ができて謝るなんて、あんな唐突な告白に対してなんでそうなるんだろうか。浅黄が謝る事なんて一つもないのに。

「俺の好きをお前の考えで決めつけないで欲しいんだけど?」

「いや、それこそどういう意味だよ」

 浅黄が何を言いたいか分からなくて視線を逸らしそうになると、冷たい手が頬に触れるのを感じた。

「言うから視線を逸らさないでほしいんだけど」

「いや、顔見てらんねぇし」

「見ろよ、お前の事が好きな奴の顔を」

「だから意味違うだろ? オレは恋愛でお前の事が好きなんだし」

「そんなら意味は同じ、俺だって恋愛でお前の事が好きだよ」

「はぁ? 変な嘘吐くなよ」

「嘘じゃねぇよ、つーか変な嘘ってなんだよ。このネガティブ野郎!」

「どーせネガティブだし根暗野郎だよ!」

「いや、そこまで言ってねぇし。面倒くさい奴だけど、そんなお前も好きなんですー」

 お前は女子かって言いたくなるような言い方に思わず笑うと、浅黄は安心したような笑みを浮かべる。それでようやく落ち着いたというか、コイツが俺の事を恋愛で好きだと言った事実が頭に入り込んだ。

「檜垣とはさ、中学からの付き合いじゃん。不機嫌そうな顔がデフォだけど笑った時の顔が良いなとか実は甘いもの好きなとことか、そういうギャップに惹かれたと言うか」

「ギャップなぁ。俺はしれっと人を助けたりするところが良いなって思ってる。浅黄のそういうところ、格好いいなって」

「お、おー? そういう事を言うか。照れるんですけど?」

 また上ずった声になるのは、もしかしたらこれは照れ隠しとかそういうのなんだろうかとふと考えてみる。浅黄は照れるような事があるとこういう声を出す時があったからだ。

「本当の事だからな」

「そーですか。……あのさ、俺は檜垣に好きって言われて嬉しい。だからその、お付き合いしませんか?」

「なんで口調が丁寧になってんだよ。……俺で良けりゃ、お願いします」

「お前も丁寧になってるし。……へへっ、スゲー嬉しい」

 頬から手を離すと同時、浅黄は満面の笑みを浮かべる。ああ、不意に出た言葉がこんな事になるだなんて思ったけど――きっとそんな感じで始まる恋愛もあるのかもしれない。そう思って俺は浅黄が好きだって言ってくれた笑みを浮かべた。

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