53、出産と伝染病(その四)

 治療が間に合わず、亡くなった者が百名近く居たが、四日ほどかかってペスト患者はこの国には居なくなった。サロモン王国から来てくれた仲間達に礼を言って、皆には先に帰ってもらう。


 俺とベアトリーチェ、そしてマリオンは宮殿内に仮の部屋を与えられていたので、そこへ戻り一休みしていた。ヴァイスは国王との話は終わったと一昨日にサロモン王国へ戻っている。


 ノックをする音が聞こえ、俺が返事すると、扉を開けて国王と皇太子が入ってきた。


「わざわざ来てくれたのに、妻達はまだ疲れて寝てるんだ。許してくれ」


 二人の顔を見て俺は椅子に座ったまま答えた。

 ベアトリーチェとマリオンは奥のベッドでまだ寝ている。


 無理もない。

 宮殿内の三名の治療を終えたあとはずっと教会でも治療を続け、この四日間は働き詰めだったのだから。


 この四日間ほとんど寝ていない俺も、鍛えて有り余る体力を持つ身体はともかく精神的には疲れていた。ベアトリーチェ達や仲間達の努力にも関わらず、手遅れだった患者の死を見るのはやはり気持ちを暗くしたし、遺族の悲しみに接するのは辛かった。 


 国王と皇太子を前に、失礼かもしれんが俺は立ち上がる気力はその時なかった。


「いや、こちらが急に伺ったのだ。ゆっくり休んでいただきたい。あらためてお礼させていただくが、その、そばを通りかかったので、とにかく感謝したかっただけなのだ」


 国王と皇太子二人一緒に頭を下げ、そして部屋から出ていった。

 見送った後、俺は椅子に深く座り今回のことを考えていた。


 皇太子の願いを聞かずに放置していても良かったのだが、この国には亜人や魔族も居てやはり見捨てられなかったよな。わざわざ遠く離れたエドシルドまで来て手伝ってくれた仲間達もやはり同胞を見捨てられなかっただろう。


 それに、隣国のカンドラにまで飛び火したら、せっかく奴隷なしの体制に移行しつつあり、作物の生産も上向き始めてるのに、ここで被害を出して流れを止めるようなことはしたくなかった。カンドラの先にはミズラが居るフラキアがあるし、ライアナもあるから、エドシルドで止める必要もあった。


 しかし、不衛生な環境で靴もはかずに生活するものがまだ多く、ネズミの駆除も日頃からしていないのだから、再びペストを含む伝染病の流行が起きないわけがない。インフラを整備して衛生的な環境を用意し、防疫や治療の体制を整えないといけないのだが、エドシルドに関われるほどの余裕が無いのも事実。


 まあ、この国だけでもできることをやってもらい、少しでも伝染病の発生を抑えられるようにして貰うしかないな。彼らの手に余る状況が生じた際には、その時だけ医師を派遣するのはきっと可能だろう。


 衛生的な環境を整えるために、奴隷として使役されてるものの衛生面も考えて貰わなきゃならないし、健康面も考えて貰う必要がある。奴隷のまま使役すると、防疫の観点からも望ましくないはず。奴隷一人一人の衛生管理を所有者が行うはずもなく、衣服や住環境も整えてとなると、それなりに負担なはずだ。生活に希望がない奴隷が自らのことだけじゃなく、周囲のことも考えて積極的に衛生的な生活を送ることも考えにくい。


 自発的に奴隷制を廃止してくれるよう、そのことは国王達にも教えておこう。それが結局は国王達自身の安全にも繋がるのだと教えておこう。もちろん奴隷制を止めても、様々な対策をうたないと伝染病の流行は完全にはなくならないが、それでも発生確率を抑えることにはなるからな。


 そこまで考えて、俺もソファに横になり少し眠ることにした。


・・・・・・

・・・


 ベアトリーチェに起こされ目を覚ますと、既に着替えたベアトリーチェとマリオンが居た。”お昼を食べたら、国王様達に報告して帰るのですよ。そろそろ起きないと”とベアトリーチェに言われ起きることにした。


 部屋を出ると、そこに居た警備兵から”起きられたら、国王のもとへ”と言われていたらしく、俺達を国王が待つ部屋へ案内するという。昼食を先にとりたかったが、諦めて警備兵に言われるままついていった。


 初日に通された応接室で俺達は待たされた。

 ”お腹すいたね”とマリオンに微笑むと、”帰ったらリエラの料理をたくさん堪能しましょうね”と言い俺も頷く。


 俺達を待たせちゃいけないと考えたのだろう、警備が去ってさほどもしないうちに国王と皇太子が近侍の者達と一緒に部屋へ入ってきた。


 俺達の助力への感謝が国王と皇太子から述べられた。皇太子は見るからに素直に感謝しているけれど、国王の態度はどこか形式的な感じがした。朝、俺達が休んでる部屋に来たのは皇太子に言われて渋々だったのかもしれない。


 亜人や魔族など奴隷としか考えてない貴族等にはよくあること。

 礼はするけど、本音ではやって当然と思ってるのだ。

 前世で貴族やってた頃、奴隷経験もあった俺とは違い、他の貴族たちはだいたい目の前の国王と同じだった。俺達に素直に感謝してる皇太子の態度の方が珍しいんだ。


「報酬だが、何を望む?」


 ここで奴隷解放と言っても聞かないんだろうなと思いつつも、


「奴隷制をやめてくれればいい。他には何もいらないよ」


 一応伝えてみる。

 ”それは難しい”と返答してきたが、想定通りなので特に感想はない。


 俺達が治療などに忙しかったころ、ヴァイスと国王が話して”エドシルドへの助力”と”奴隷解放”が最低限の条件になったようだから、ここで奴隷解放してしまうと、サロモン王国からの支援を引っ張ってこれないと考えているんだろう。

 だから俺は助言もしてやるつもりはない。


「じゃあ、そろそろ帰っていいかい? 予定外の手助けもしたんだ。俺達の訪問もそちらには意味はあっただろうし、これ以上話すことはこちらにはないからね。今回のことは別に貸しにするつもりはないから安心してくれ」


「いや、そういうわけには」


 皇太子は出来る限りのお礼をしたいと言ってくれたが、国王の方は”貸しにしない”という俺の言葉に顔を明るくしていたぞ。ケラヴノスの人となりが判っただけで俺の方は収穫があったと考えるべきだろう。


「俺達が欲しいモノは難しいと言うんだ。欲しくもないモノを貰っても困るしな。皇太子の気持ちだけ有難く受け取っておくよ」


 世代交代して、アンダールが国王に就いたらエドシルドとの関係も考え直していい。でもケラヴノスが国王のうちは気が進まない。家族や国民の命を助けて貰ったことが重荷でもあるように感じるその態度は気に入らない。


 すぐにできなくてもやる気くらいは見せろよと思ったが、所詮は古い頭の持ち主で、俺達から利益を引っ張ることしか考えてないのだろう。


 そういう奴と付き合うのは俺は嫌だね。

 今のままなら断固断る。


 ”じゃあそろそろ帰ろう”と王妃二人と席を立ち、国王達に立礼をして部屋を出た。

 国王は引きとめようとし何か言いたそうだったが、顔も向けずに無視した。


 多分、ヴァイスと話しても得られなかったサロモン王国からの助力を俺から引き出そうとしたのだと思う。無償で治療などした甘い俺達からなら引き出せるかもと考えたのだろうな。


 俺達が部屋を出ると、後から皇太子が追いかけてきて、”是非妻達からもお礼を言わせて下さい”と何度も頭を下げるものだから、ではそこまではと折れて皇太子に付いていく。


 アンダールの息子はまだ全快には時間がかかりそうだが、奥さんと妹はベッドに座り顔色も良いようで元気になっていた。


 ベアトリーチェとマリオンの顔を見ると、三名とも笑顔でお礼を言う。ベアトリーチェは息子の体調を調べ、”しばらくは身体を休め、できるだけ食事をとること”と言うと”はい”と返事するその子に笑顔を向けた。


 ”今度会う時は、一緒にケーキ食べに行きましょうね”とマリオンは女性二人に明るく声をかけている。


 俺は皇太子に顔を向け、


「完全に無くすことはできないが、伝染病の発生をできるだけ抑える方法はある。それを知りたくなったら、フラキアに行って俺を呼んでくれ。サロモン王国まで来てくれてもいい」


 皇太子は俺に握手を求め、息子達が全快したら必ず行くと真剣な表情で言う。

 その場の全員に別れを告げて、俺は王妃二人とフラキアへ向かう。

 ミズラと子供たちの様子を見てから帰国したいのだ。


 当初の予定より長くなってしまったけど、アンダール皇太子と繋がりを持てたことは収穫だ。今回の訪問はこれで良しとしよう。

 そう考えて俺は転移した。

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