53、出産と伝染病(その三)

 通された部屋には、女性が二名と子供が一人ベッドで汗を流しながら横になっていた。

 俺はベアトリーチェに頷き治療を始めて貰う。次にマリオンには、宮殿内の害虫とネズミの駆除を行うよう頼む。  


 二人とも頷いて早速動き始めた。


「ちょっと宜しいですか? チクッとしますけど、ごめんなさいね」


 ベアトリーチェは手荷物から小さな針を取り出して、子供の腕にちょっとだけ刺した。丸く小さな血が浮かんできたので、ガラスの棒でその血をすくい取り、魔法で細菌の種類を確かめる。


「やはりペストですわ」


 そう言って、女性二人にも同じ作業して、全員同じ種類のペストにかかっていることを確認する。


 マリオンはその間に魔法を練り始めていた。全身をうっすらとした青い光がまとい始めてる。青い光がある程度強くなった時、目を見開いて胸の前で握っていた両手を上に掲げてハアアァァァッと気合を発した。マリオンから強く青い光が急速に広がっていく。数分動かずにいたマリオンは、やがて両手を下ろし、


「ダーリン、宮殿内は終わりましたわ」


 微笑んで、害虫とネズミの駆除が終わったことを知らせてきた。

 俺は続いて子供と女性二人の体力回復を依頼し、マリオンは頷き、引き続き魔法を使用し始める。


 ベアトリーチェも三名の体内の細菌を殺すべく魔法を練っていた。

 身体は白く光り徐々に輝きを強めている。目を閉じ、神経を集中している。

 やがて胸の前で交差していた両手を一気に左右へ開いた。


 それと同時に、瞬間的に強い光がベアトリーチェを中心にして外側へゆっくりと広がっていった。これで光が届く範囲のペスト菌は死ぬはずだ。


 だが、これだけでは終わらない。

 ペストで生じた症状を緩和し、機能が壊れた内蔵等を修復し、体力を回復させなければならない。


 ベアトリーチェとマリオンは治療と回復のため魔法を使用し始めた。

 三名とも息が落ち着き始め、女性二人はだいぶ楽になった様子が判る。


「あなた、リエラに言って滋養のあるスープを作って貰って、そしてできたら持ってきてくださる?」


 俺は頷いてリエラに思念を送った。そして完成したら俺に合図を送ってくれと伝える。

 三名の様子が楽になったように見えたアンダールは胸を撫で下ろしている。


「皇太子殿下、女性お二人はこのまま体力回復に努めればもう大丈夫ですが、お子様はまだ危険な状態から抜け出していません。しばらくこのまま治療を続けてかまいませんか?」


 ベアトリーチェの言葉に、”一人息子なんです。どうか助けてやってください”と答え深々と頭を下げた。”お約束はできませんが、可能な限り努力いたします”とベアトリーチェも安心させるように微笑んで答える。


 俺とベアトリーチェの子、レオポルドとさほど年齢は変わらない子だから、同じ母として助けてやりたいというベアトリーチェの気持ちを感じる。マリオンの、”女性二人の回復は順調よ。”という声に、皇太子は寝ている二人の顔を見ながらまだ憂いの残る笑顔を見せた。


 やがてリエラから合図の思念が送られてきたので、


「スープ取ってくる」


 俺はサロモン王国の自宅まで転移し、鍋と食器を入れた箱を手にして再びエドシルドまで転移した。

 患者がいる部屋に転移し、俺はアンダールに”侍従でも誰でもいいが、女性が目覚めたらこのスープを飲ませるように”と指示した。


「ダーリン、この分だと街にもペスト広がってるんじゃないの?」


「ああ、そうだろうな」


「どうするの?」


「俺はこの街で何の権限もない。決めるのは国王だ」


 ”それはそうね”と言ってマリオンは黙った。


「ゼギアス殿、国民へも治療をお願いできますでしょうか?」


 アンダールは申し訳なさそうに頼んできた。

 まあ、可哀想だからな。やれるだけはやってもいいが。


「できるだけのことはしてもいい。だが、全員助けられる保証はないよ」


「もちろんそれで構いません」


「じゃあ、兵士に言って大きな建物に病人を全員集めておいてくれ」


 その間に俺はサロモン王国からペストの治療できる者を呼び寄せる。

 サエラに頼んで手の空いてる医師を集めておいてもらい、転移魔法を使える者に、エドシルドまで送って貰う。


 皇太子も宮殿内の警備兵等に命令している。

 国内の警備全員使って、教会へ病人を全て集めろと。

 皇太子の子供のことはベアトリーチェに頼み、俺とマリオンは宮殿の外まで皇太子とともに出る。


 そして、病院と化す予定の宮殿前にそびえている大きな教会で、俺は聖属性龍気を風系魔法に混ぜ教会内の消毒を行う。マリオンは再びこの教会の周囲から害虫とネズミを駆除する。


 兵士が患者を次々と連れてくる。

 百名ほど集まったところで、マリオンがペスト菌の駆除を魔法で行う。

 そして、敷かれた毛布に横にさせ、サロモン王国から到着したエルフ等が治療と回復を行う。

 それを十数度繰り返したあたりで、新規患者は来なくなった。


「アンダール皇太子、もう患者は居ないか念入りに探して下さい。症状が軽いだけで感染してる者が居る可能性があります」


 俺の指示に頷きアンダールは教会の外へ飛び出していった。


 やはり軽い熱発やだるさを訴える者が相当居た。

 症状は軽く、意識もしっかりしている者ばかりだったので、菌さえ殺せば大丈夫だろうとマリオンもエルフ等も言う。

 マリオンの駆除魔法でペスト菌は殺され、あとは体力をつけて貰うよう指示し、また体調がおかしいようなら教会まで来るようエルフ等に伝えられていた。


 深夜、皇太子の子の治療も済み、どうやらこのまま回復してくれそうだとベアトリーチェから連絡がはいり、アンダールに”一度顔を見ておいで”と言うと慌てて宮殿へ走っていった。


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