52、エドシルド(その三)

 イサークがファアルドへ渡した手紙に書いてあった予定通り、エドシルド国王ケラヴノスは正妻のアマリアと長女のモニカを連れてフラキアを訪れた。名実ともに、休暇旅行であった。


 国は長男のアンダールと次男のスオノに任せ、カンドラ、ライアナ、フラキアの三国……サロモン王国と友好関係、もしくは協力関係にある国を見て回っている。


 再建中のライアナの想定以上に元気と活気ある様子や、体制変更中にも関わらず、落ち着いた様子のカンドラを見て、いざとなったらエドシルドも奴隷の使役を止めても問題ないかもしれないなとケラヴノスは感じていた。奴隷を使役している限り、サロモン王国といつぶつかるか判らない。その時を見据えて、先に情報を手に入れておこうと考えてる。


 カンドラでもチラホラみかけた板ガラス窓の家が、フラキアでは全ての家がそうだった。長女のモニカは、”自分の部屋にもあの窓があれば、外の景色をわざわざベランダに出なくても見られるのに”と、父にねだるように言っている。


 ファアルド領主から返ってきた手紙にあった宿へ馬車で行くと、ケラヴノス達のための部屋は既に用意されてるという。従者の手を借りるまでもなく、テキパキとした様子の感じの良い従業員に荷物は運ばれ部屋へ案内される。これから案内する部屋はこの街に二つしか無いVIP専用のスイートルームで、受付横から乗る自動昇降機で地上五階まで直通だという。昇降機の外には常時従業員が一人待機しているので、室内利用時に判らない事があった場合や昇降機の利用時はベルで呼び出してとのこと。


 昇降機を降りると廊下の右側が国王夫婦と長女が宿泊するスイートルームで最大六名まで宿泊できる部屋、左側が従者の部屋で最大十二名までの部屋だという。スイートルームからは従者をブザーで呼び出せる。


 ケラヴノス等は入室前から呆気にとられていた。


 今まで利用したどこの迎賓館とも違っていて、どう言葉にすればいいのか判らずにいた。最初は、迎賓館ではなく宿だと?と内心怒っていたが、私用の旅行と伝えていたのだから仕方ないと怒りを治めていた。だが、いざ来てみると、不要に長く歩かずに部屋まで到着したことや、経路が一本なので警備が楽なこと、そして豪華なだけではなく、利用者の気持ちを考えて作られたスイートルームはケラヴノスだけでなく妃と長女にも好評だった。


 妃と長女を連れてきたのは失敗だった。

 政治的な視点からフラキアを見ると、素晴らしいからこそ問題なのだから。

 エドシルドは、妃や長女のように単純に楽しみ、欲しがってはならない。


 確かに、フラキアの変化はエドシルドでも取り入れたいものだ。

 だが、それはあくまでもエドシルドの傘下が条件で、サロモン王国の傘下にあるフラキアと対等の関係であってはならない。


 調度品を見てはしゃぐ長女を横目で見ながら、ケラヴノスはこれから会うファアルドをどのように攻略するか考えていた。


・・・・・・

・・・


 領主宅での夕食が済み、妃と長女をファアルドの家族に預けケラヴノスはファアルドと二人きりで別室で話し合う。


「いや、夕食も大変見事だった。ですが、領地の変わりようも驚きでしたぞ」


 ”お褒めに預かり恐縮です”と笑顔で返答するファアルド。


「しかし、フラキアだけがこのような恩恵に預かってるとなれば、他国からの横槍も入るのではありませんか?」


 他国とはエドシルドのことで、これから横槍入れるぞとケラヴノスは言葉の裏に圧力をこめる。最初から突っ込んでくるあたり、ケラヴノスは本気のようだ。


「これは異な事を仰る。私どもは娘を可愛がってくださる方の温情で街を建て直すことができました。我が国だけが恩恵をと言われるのは心外です」


「つまり、例えば、娘のモニカをその方へ嫁がせよと?」


「いえいえ、我が国はご存知のように貧しく、娘の他にはその方と接点を持つ手段がなかっただけ。結果として望外の状況になりましたが、貴国であればいくらでも方法があるのではありませんか?」


 ケラヴノスはケラヴノスで考えろとファアルドは言う。


「言うではないか、数年前までとは異なるな。やはり後ろ盾がでかいと気持ちも大きくなるようだ」


「貴国から受けた恩は今も忘れておりません。しかし、私どもは単に娘の夫の力に縋ってるだけです。私ども自身は昔同様に力など持ち合わせておりませんので、他に言えることもないのです」


 ”このタヌキめが!”とケラヴノスはファアルドの、へりくだりながらも非協力的な態度にイライラしている。


 昼間見た街の様子から、フラキアはかなり裕福な領地に変わったのは明らかだ。軍事力も力だが、金も力。にも関わらず昔同様に無力だなどとよく言うものだ。


 まあ、いい。

 ファアルドとやり合ってもこれ以上はどうにもならないようだ。


「では、お嬢さんのご主人とお会いしたいが、それは可能ですかな?」


「ええ、多分大丈夫だと思います。再来週、娘の出産に合わせてこちらに来ることになっております。その後に貴国へ伺って貰えればそれが最も早く会えるかと思いますが、いかがでしょう?」


「おお、お嬢さんがご出産とは知らず、何も用意しておりませんでした。これは申し訳ない。後ほど贈り物を差し上げるとしましょう。では再来週、訪問の予定を伝えて貰えますかな? こちらもそれに合わせるとしましょう」


 ”判りました。必ずご連絡を差し上げます。”とファアルドは返事をし、これでこの日の会談は終わった。

 ケラヴノスとその家族が宿へ戻ったあと、ファアルドはゼギアスに一部始終を伝える。

 ”いよいよエドシルドが動き出しました。予定通りですな。”


 その連絡を受けたゼギアスは、正妻のベアトリーチェと第二王妃のマリオン、そしてヴァイスハイトを連れて、後日エドシルドへ向かう予定を組む。

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