52、エドシルド(その二)

 手下からの報告では聞いていたが、これほどまでにフラキアが変わっていようとは思わなかった。一言で言えば、新世界。人の手が入ったモノは全てイサークが見たことも無いものであり、見ただけで既存のものよりも機能に優れていると判る。


 イサークは市場を探して街を歩き回る。領民が利用している品物の質と価格を見れば、その土地の経済力が判るからだ。


 やがて所狭しと人で溢れている地域を見つけた。

 多分、市場がある通りだろう。


 イサークは武器防具の店、食料品店、日用品店、衣料店などを一軒一軒見て回り、その質の高さと価格に衝撃を受ける。イサークの店で置いている商品とはレベルが違うのに、価格はイサークの店のものとそう変わらない。確かここで見たものと同じものをジャムヒドゥンで見たときは、ここの価格より五割増しかそれ以上で売られていた。それでも買い手は見つけ次第購入していたのだから、品数も種類も多いフラキアまで足を運んで購入する者が出ても不思議ではない。


 服装を見ると、ここに居る客達の多くはフラキアの外から来ているようだ。一般客だけでなく商品の買い付けに来てる商人の姿も見える。金はあっても暇はない貴族や士族に売る目的の商人だろう。


 街を歩き回って判ったことだが、他の領地へ行くくらいなら、フラキアで過ごしたほうが気持ちがよいと感じる者は多いだろう。ただ街を見ているだけでも、日常から離れ気分転換できるだろう。この街は街そのものだけで集客力がある。


 イサークの商会で置いてる商品は従来のものよりも多少価格は高い。その価格と同じ程度の商品ばかりが置いてあるということは、この地域の住民の所得はそれなりに高いということだ。以前のように他国からの支援がないと食べるにも困る状態ではない。それどころか領地全体として見た場合、ジャムヒドゥンのどの街よりも、エドシルドよりも豊かな領地だということ。


 これは何としてもサロモン王国の商品と同じモノを作り売れるようになるか、それともサロモン王国製品を取り扱えるようにならなければ勝ち目はない。


 イサークは気持ちを引き締めてフラキア領主宅へ向かう。


・・・・・・

・・・


「ですから、ファアルド領主へ直接お渡しするよう、エドシルド国王ケラヴノス様から手紙を預かって来たのです。ファアルド領主に会うまではこの手紙を手放すわけにはいかないのです」


 ”事前のご連絡がないお客様にはファアルド領主はお会いになれません”と突っぱねる侍従長に、手紙に記されたケラヴノスのサインを見せてイサークは抵抗している。やがて、困り果てている侍従長のもとへ、使用人が近づいてきて耳打ちする。


「ファアルド領主がお会いになるそうです。こちらへ」


 侍従長が先導する後に続き、イサークは歩いて行く。

 ここまではイサークの予定通り。

 後は、ミズラを引き釣りだして脅すだけだ。


 表情を変えず、しかし内心では”勝算が出てきた”とイサークは微笑んでいた。 


・・・・・・

・・・

 ファアルドはイサークの訪問を知ると、ミズラを呼んでイサークの目的は何かと聞いた。多分、ミズラとの昔の関係を匂わせ、サロモン王国との間に入り商品を取り扱わせろと脅しに来たのだろうと答えた。ミズラは追い詰められたイサークなら何でもする男だと知っていた。ある意味イサーク本人よりもイサークの本性を理解していた。


 ミズラはゼギアスに思念を飛ばし、イサーク訪問の件を相談したいと伝えたところ、ゼギアスはすぐフラキアへ飛んでくるという。ファアルドはゼギアスの到着を待って、イサークを案内させた。ゼギアスがこの件は任せて欲しいというので、ファアルドはゼギアスとミズラを伴ってイサークを待ち受けていた。


 「これは手回しの良いことで、ミズラと、多分サロモン王国国王ゼギアス・デュラン様ですね。ファアルド領主は話の早いお方のようだ」


 イサークは立礼し、ファアルドにケラヴノスの手紙を渡した。

 その後ファアルドを無視してツカツカとゼギアスの前まで進む。


「よう、久しぶりだな。うまくゼギアス国王の王妃になったらしいな。元気そうで何より」


 ゼギアスの横に経つミズラに意味ありげな笑みを浮かべてイサークは挨拶する。


「今日は何の御用かしら? 貴方は昔より落ちぶれたようね。前の貴方ならこんなことはしなかったでしょうに。残念だわ」


 ミズラは冷静な口調でイサークの挨拶に答えた。

 イサークはフンッと鼻を鳴らして、ゼギアスに顔を向けた。


「用件は判ってるようだな。あんたの国の商品を俺にも扱わせてくれよ。できれば製造法も教えてもらいたい。判ってるよな? これはお願いじゃないんだぜ」


 ゼギアスはイサークを見下ろし、


「願いじゃないと? では何故ここに来たんだ?」


「あんたの妃と俺のことを知っていてその態度なのか? 度胸あるじゃねぇか。あんたのような男は嫌いじゃない。だが、だからと言って要求を変えるつもりもない」


「願いじゃなく要求ね。で、俺があんたの要求を飲むと計算してるらしいが、それは見込み違いだ。今のうちに帰ったほうがあんたの為だと忠告するよ」


 ゼギアスはイサークが強気の理由を知ってか知らないでか、断固とした態度を崩さない。


「俺の方こそ、早めに要求を飲んだほうが、あんたの妃のためだと忠告するぜ」


「ほう、その理由を知りたいな。あんたにミズラを傷つけることなどできないと俺は確信してるのだがね」


 ゼギアスの目に余裕ある挑戦的な光が浮かんだ。


「いいのかい? 昔、ミズラと俺ができてたことを、その当時のあれこれを世間に言いふらしてもさ?」


「ああ、構わん。要はあれだろ? 捨てられた男が腹いせに昔の女のことを言いふらす……つまり男のクズだと自白する行為だろ? やればいい。その程度でミズラが傷つくような状況に俺が置くと思ってるならな」


「随分強気だな。そりゃ表面上は俺を責める奴らは多くなるだろうよ。だがな、暇を持て余した貴族や士族の奥様方は興味本位でいいふらすぜ? 内心、ミズラを馬鹿にしてな」


「同じことを何度も言わせるな。ミズラをそんな状況にはさせんと言ってるんだ」


「どうやって?」


 ここまで強気だったイサークだが、ゼギアスの言葉に絶対の自信を感じ不安になってきた。

 この男はただの若造ではない。

 一国の国王なのだとイサークは思い出した。


「方法はいくらでもあるさ。実力行使でも、政治的圧力でも、経済的な圧力でも、いくらでもやりようはある。お前の言う奥様方は、自分の醜聞を知られてる相手の妃のことを面白おかしく話す余裕ある方々だとでも思ってるのか?」


 これはマズイとイサークはやっと理解した。

 旦那に隠れて男を作ってる奥様達などいくらでも居る。

 隠れてかなりの散財してる者も居る。

 そういった奥様達の情報はイサークも当然押さえてある。


 この分だと、賄賂欲しさに不正働いてる連中のことも押さえているのかもしれない。そうだとしたら、ゼギアスの機嫌を損ねるようなことをしたイサークが責められる。


 下手をすれば命を狙いにも来るだろう。その手のことは慣れてはいるが、だからといって増やす危険を犯すことはない。


「チッ、ダメだったか。ミズラ、まあせいぜいその若造の腹の上で腰振ってフラキアに金を落とさせるんだな」


 捨て台詞を残し、イサークはゼギアスに背中を見せ立ち去ろうとした。


 ゼギアスはイサークの肩を掴まえて、もう一度ゼギアスの方へ振り向かせる。

 そしてイサークの頭に手をかざすと、イサークは一瞬トロンとした表情を見せてから元の表情に戻った。


「では、ゼギアス国王、そしてファアルド領主。また会うこともあるかもな」


 再びゼギアスに背を向け、ファアルドに立礼して部屋から出ていった。


「あなた、イサークに何かしたの?」


 イサークの相手をゼギアスに全て委ね、ずっと黙っていたミズラはイサークが居なくなったことを確認してゼギアスの最後の行為について聞いた。立ち去る直前のイサークにはミズラへの関心が消えていたように感じたのだ。


「ああ、ミズラに関する記憶を全て消しておいた。何もしなくても奴にできることはなかっただろうが、念のためにね。ダメだったかな?」


 ミズラに微笑んでイサークの頭に置いた手をヒラヒラと振っている。

 森羅万象を使うまでもなく、催眠魔法と思念回析魔法の応用でイサークの記憶を操作したのだ。


「いえ、ありがとう」


 ミズラはゼギアスの胸に顔を埋めて感謝の言葉を伝えた。


「ファアルド領主にも嫌な思いをさせたかもしれない。黙って見守っていていただいて感謝します」


 その時、イサークが出入りしてた扉とは別の、部屋の奥の扉が開き、ファアルド領主の奥様や側室達、そしてナミビアが入ってきた。


「ゼギアス様格好良かったわ~。もう出戻り嫁の星よ! 星!! アルベールと別れたら絶対にゼギアス様に貰ってもらうわ!!」


 ナミビアの後ろから入ってきたアルベールが”おいおい”といった感じで苦笑している。


「褒めて貰ったところ、もう戻らなくてはなりません。すみません」


 まだゼギアスから離れないミズラの頭を撫でながら、ゼギアスは落ち着いて話せないことを謝罪する。


「え~、せっかくゼギアス様に教えて欲しいことあったのに~」


 ナミビアが残念そうに可愛らしく頬を膨らます。


「ナミビアさん、新作のケーキがこれからここに届くので、それで機嫌を直してください」


 ”それなら仕方ないな~”と微笑むナミビア。

 その様子をミズラも領主の家族も見て朗らかに笑ってる。


「では、ミズラ、また何かあったらすぐ声をかけるんだよ?」


 ”ええ”と頷き微笑むミズラの頬にキスをして、他の皆にも挨拶するとゼギアスは転移していった。


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