52、エドシルド(その一)

 後にエドシルド連邦と呼ばれる自治体群の盟主国エドシルド。

 人口二百万を越えるエドシルド連邦最大の国。

 兵数四十万、経済力も自治体群随一。


 領地の面積では膨大な土地を有するサロモン王国とは比較にならないが、人口と兵力数だけならば対等と言える国力を持つ国だ。


 テムル族の優位を煽り、グラン・ドルダ選出の変更を囁き、ジャムヒドゥンの士族間に離間策を仕掛けていたのもエドシルドである。可能ならばジャムヒドゥンの分裂を誘い士族一つ一つを潰していく、そこまでできなくてもジャムヒドゥンの国力を大きく削ぐ計画であった。


 ジャムヒドゥンの弱体化はある程度達成したが、サロモン王国の登場と、エドシルド参加自治体への浸透でエドシルド国王ケラヴノス最大の目論見は失敗しつつある。


「イサークよ。ジャムヒドゥン最大の商会になったそうではないか。おめでとう」


 顎に白い髭をたくわえた白髪の老人が笑みをたたえて、眼前のイサークから酒を注がれている。


「皮肉はおやめになって下さいよ。店舗数が多いだけで利益はほとんど無いんですから……笑っちまいますよ」


 イサークの黒い瞳には悔しさが滲んでいる。


 営業許可証を持つ……商いを続けられなくなった他店を押さえ、店舗数だけ増やした結果に終わったことが悔しいのだ。目論見通りにいけば、その多くの店には貴族や士族が欲しがる商品を並べるつもりであった。だが、貴族や士族はイサークの商会……ラザード商会で取り扱ってる物に興味を示さない。武器・防具・服・靴・装飾品や絨毯……市場ではほとんど手に入らないサロモン王国製の商品を目を皿のようにして探し回り、日用品を除くとさほど金を使わないのだ。


 奴隷の売買市場も動かなくなり、抱えてる奴隷の食費で赤字。

 庶民相手に在庫を安く売り払って何とか全体の赤字だけは防いでる始末。


 ジャムヒドゥン最大の商会になった後は、リエンム神聖皇国でもという予定は既に変更するしかない。これからは店舗数を減らし、人件費を抑えなければラザード商会存続の危機なのだ。


「以前のようにはできんのか?」


「サロモン王国に手下を潜り込ませたんですが、商品の製造法はさっぱり掴めませんでした。ただ、あの国に金を落としてきただけで終わってます」


 イサークは、売れる商品を見つけたら、その製造法もしくは製造元と原料を手に入れ、資金力に物を言わせて、同じ品物を安く提供して商売敵を潰し、その後価格をあげて利益をあげてきた。その方法がサロモン王国相手だと通用しない。


 なんとか手に入れたサロモン王国製品を商会配下の職人達のところへ持っていき、”同じものは作れるか”と聞くと決まって即座に首を振る。材料すら同じモノを用意できそうにないという。


 エドシルドの経済もイサークが握り、目の前のケラヴノスを思い通りにして、エドシルド加盟自治体全体もラザード商会に依存させるつもりだったのだが、もはやそれも叶わない。依存どころか、金持ち相手に入り込めない状況だ。


「国王陛下も領土拡大は無理になりそうですね」


 言われっぱなしは気に入らないイサークは、ケラヴノスの目論見も潰れつつあることに触れる。


「ああ、近隣自治体を我が国に頼らせ、その後併合していくつもりだったが、それももう無理じゃな。ジャムヒドゥンが弱体化したのは予定通りだが、サロモン王国の進出と影響力増加の手助けにしかなっておらん」


「ジャムヒドゥンの弱体化には私等も協力しましたのにねえ」


 ジャムヒドゥンが荒れれば武器や防具に食料が売れるだろうと計算して手伝ったのだが、無駄に終わっている。リエンム神聖皇国との戦いで大敗し国内で争える状況ではなくなったのだ。


「我らは現状を維持し、時期を待てば良いだけのこと。焦ってはおらぬが、お前はそうはいかぬであろう?」


 確かにそうなのだ。

 サロモン王国とその友好国は次々と新たな商品を市場へ出してきている。

 最近では低価格の商品も少しづつ出始めた。


 ラザード商会の商品はこの先も売れなくなって行くだろうと、イサークは予想しているし焦っている。だから日頃ジャムヒドゥンで生活してるイサークが、ジャムヒドゥンから離れたエドシルドまで足を運んでいる。


「ええ、ですので今日はお願いに参りました。盟主国であるエドシルドの力で、サロモン王国と関係している自治体から、製造方法を聞き出して貰えませんかね?」


「それは無理だ。加盟自治体では製造しておらんのは調査済みだしな。フラキアが例の紅茶を領地内で製造してるが、製造所を管理してるのはサロモン王国関係者だ。教えてもらえんかったよ」


 残念そうに、悔しそうにケラヴノスは答えた。


「まともにぶつかったら無理でしょうが、そこは私に任せていただければと……」


 ”策があるので話に乗れ”と言わんばかりの意味ありげな色がイサークの目に浮かんだ。


「具体的には?」


「サロモン王国国王ゼギアスの第六王妃にミズラって女が居るんですが、その女は以前はフラキアのスパイだったのです。ですが私とも通じて二重で情報を売っていたので、そこを突いてみようかと。ちょうど今里帰りしてると情報があったんで」


「実質、問題を起こしていなければ気にもされぬのではないか?」


「いえね、私とその女はできていたんです。今や大国の王妃が、一介の商人の女だったなんて知られたくないんじゃないですかね。の方もバラすと脅かせますし」


 もともとのイサークはこの手の話で脅すような男ではなかったのだが、打つ手がなく追い詰められその本性が表に出てきた。表情は真剣だが、口元にやや下卑た笑いが一瞬浮かぶ。


「それでワシに何を協力しろというのだ」


 ケラヴノスにはイサークの案は気に入らなかったが、ケラヴノス自身も打つ手がなく困っているのも事実。何らかのきっかけになればと一応話を聞いてみる。


「今のまま私が領主宅へ行っても、領主やミズラには会わせて貰えないでしょう。ですから、エドシルドから頼まれて訪問したという形をとりたいのです。盟主国からの者が来たとなれば会わないとは言えないでしょう?」


「お前を我が国の代理にしろとでも言うのか?」


 一国の代理となるとそれなりに格式も必要だ。一介の商人を代理にすることなど、誇りや名誉にかけてできない。


「いえいえ、それはいくらなんでも無理ということくらい判ります。手紙かちょっとした贈り物をフラキア領主へ直接届ける役目をいただけたらと」


 イサークは、代理ではなく、ついでに頼まれたという形をとりたいわけだ。


 つまり、手紙であれば内容は些細な事で良く、贈り物であれば後に残るような物じゃないほうが良いわけだ。

 だが、一応盟主国の国王が加盟国の領主へ贈るのだから、雑なモノというわけにはいかない。贈るモノによっては馬鹿にしたと受け取られても仕方ないからな。


 ここは手紙で留めておこう。


 そうだ、妃がどこかへ連れて行けと言ってたな。うむ、公式訪問ではなくフラキアへの私的訪問の予定を伝える程度の内容ならイサークに預けても問題はない。それどころか、イサークから渡させたほうが訪問を気軽に考えてくれという意思を伝えられるのではないか。


「判った。では、お前のフラキア訪問のついでに手紙を渡してきていただこう」


 ケラヴノスの返事にニヤリとイサークは笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る