51、フォモール族滅亡後日談(その三)
フォモール族討伐の少し前に、めでたいことがあった。
ミズラが懐妊したのだ。
この世界では十五歳から結婚できるが、通常は十七歳から二十歳の間に結婚する。だいたい二十歳から二十四歳までに一人目の子を産むのが一般的。
ミズラは十七歳で最初の結婚し、二十四歳でゼギアスと二度目の結婚したが今まで子供ができずにいた。現在二十七歳のミズラはこの世界では子供ができないのではないかと勘ぐられる年齢だ。
サロモン王国ではそのようなことはどうでもいいのだが、フラキア領主夫婦としてはミズラが養女とは言え心配していたようだった。
ミズラも相当嬉しいらしく、医師から懐妊と知らされた次の瞬間には俺に思念で伝えてきた。その夜の我が家はミズラへの祝福でいっぱいだった。正直、俺は照れるだけなんだけども。
次は私の番とラウィーアは決意を新たにしてるし、他の奥様達ももう一人を狙うみたいな空気だ。これで七人も子供がいるのだから、もういいんじゃねぇ? と俺は思うのだがそうではないらしい。
特に魔族三名、サエラ、スィール、リエッサは種族として子供ができにくいらしく、産めるなら何人でもと気合が入っている。あと数人子供ができても経済的に問題があるわけではないからいいんだけど、奥様達の気合の入れようを見てると少しビビる。
「出産が済むまでフラキアへ戻ってもいいですか?」
ミズラが俺に聞いてきた。
うーん、前世での話になるが、知人の奥さんが同じことを言って実家に戻ったら、そのまま帰ってこなかったらしい。戻ってきてもらうまでいろいろと苦労があったらしいが、詳しくは聞いてない、というか聞けなかった。
俺はミズラのその言葉を聞いて、その知人のことを思い出し、
「産まれたら、ちゃんと戻ってきてくれる?」
ミズラの不思議そうな表情。
この人何を言ってるんだろうという感じだったので、知人の話をすると今度は笑いを必死に堪えてる様子。
「……本当にあなたって」
「……何かおかしいかな?」
笑いを堪えてるミズラに俺は真剣に聞いた。
「……戻ってくるに決まってるじゃありませんか。私の家はここですよ? ただ、まだ手のかかる子供たちが居るのに、私が居たら迷惑になるだろうし、この機会にフラキアが変化している様子をのんびりと見守りたかっただけなのです」
そう言い切ると、ついに我慢できなくなったようで吹き出している。
腹を抱えて笑うとは、今目の前でミズラがやってることなのだろうな。
……ほんとに腹抱えてるんだもの。
ひとしきり笑ったあと、涙をハンカチで拭いて
「だいたい、出産が済んで体調が戻ったら、私が実家にずっと居られるわけないじゃないですか。逆に父や母から怒られますよ」
そうかなあ?
孫って自分の子供と違っていろいろと責任が無いから可愛いって聞くから、ファアルド夫婦も手放したくないと思うのではないかと考えたが、また大笑いされるのもちょっと悔しいので黙っていた。
そういうことで、ミズラは今フラキアに居る。
ミズラは街を散歩して、昔と変わった家並みをみている。
石畳の道はコンクリートの舗装に変わり、家々もただ木を立てて組み立てただけでなく計算された家になり、どの家の窓も板ガラスで採光にも優れたものに変わっている。昔の家並みは古いなりに嫌いではなかったけれど、寒さや暑さをしのげるようなものではなく、ミズラの生家も貧乏で家族で身体を寄せ合って寒さをしのぐような家だった。もう実の両親は流行病で亡くなってしまったし、生家も既に無い。この街でも上下水道が整備され、衛生的になり流行り病も起こりにくくなった。
ミズラがゼギアスの妻にならなくても、街並みは今のように変わっただろうし、特に自分がこの領地のために出来たことなど無いのだろう。でも、この街並みを生んだのがゼギアスで、その妻であることに喜びを感じている。ミズラの気持ちはとても穏やかだ。
領地全体が貧乏で、静かではあったけどどこか暗く寂しい感じだった。今は新たな産業の成功で活気がある。道ですれ違う人の表情も明るいし、領主の話も嬉しそうに語られる。自分が母親になるせいか、見かける子供の様子がいつも以上に気になる。
今度フラキアにできる学校には様々な地域からの子供たちが入る予定だ。その子達が大人になった時、このフラキアのことをきっと覚えていてくれるだろう。そう思うと今目の前にある情景がとても貴重なものに思える。この領地を、他の領地をより良くしてくれるだろう子供たちにとっての財産になるのだ。
そうだ、そうなんだ。私達が作ってる今は子供たちの財産なんだ。
ゼギアスは自身が思ってること以上の素晴らしいことを成し遂げていることを知らない。知らなくてもいいことなのかもしれないが、いつか教えてあげたい。
ミズラは街並みを眺めながら、そう教えられた時のゼギアスはきっと頭を掻いて照れるだろうと、その様子を想像して嬉しそうに微笑んだ。
・・・・・・
・・・
・
領主宅では、食後に笑いが途絶えない。
新しい紅茶が完成したこと、学校の建築の進捗状況、サロモン王国で勉強しているカエラやケーダと結婚したティアラからの報告などを皆で笑顔で話している。
ミズラも、ゼギアスが計画している様々なことのうち、話しても良いものを選んで皆に話す。ゼギアスがこの大陸全体をどう変えていこうか考えてることを話すと、良いところへ嫁いだねと家族の誰かしらに言われる。
そこでミズラが実家で出産が済むまで戻ると伝えた時のことを話すと、皆、ミズラと同じように不思議な顔をしている。
「おかしいでしょ? あの人が望めば誰だって喜んであの人に嫁ぐわよね? そしてあの人に嫌われないように神経を使うに決まってるのに、それなのにあの人にはまったく自信がないのよ」
「そうか、ミズラ幸せそうで良かったよ。」
朗らかな笑顔でゼギアスのことを話すミズラにしみじみとファアルドは話す。
「お前を送り出す時、大丈夫だとは思っていたけれど、やはり心配もあった。だがその様子では杞憂だったようだ。うん、良かった」
「ええ、お父様が仰った通り、とても大事にされてるわ。他の家では考えられないほどにね。あの人のやることについていくのは大変だけど、面白いし、毎日生活に張りがあるわ」
「ああ、それは判るよ。教えられたことをこなすのは私達も大変だ。でもできてみると、かけた労力以上の結果が戻ってくる。だから次に何を頼まれるのか今は楽しみになってるんだ」
その後ゼギアスの話題が続き、カエラの話題になった。
「カエラから報告は来てるでしょうけど、今のところ苦労してるわね。子供ごとに教え方を変えないといけないから」
「だが、楽しんでるようだぞ?」
「ええ、きっと楽しいのでしょう。一度観に行った時、授業が終わるとヘトヘトになってるけど笑顔だったわ」
他愛もない話を不安もなく家族でできる、たったこれだけのことができる幸せ。
昔は誰かしらが領地の経済や生活、外敵からいかに身を守るかを心配し、それらを覆い隠すための明るさだった。明日への希望による明るさ、安心な生活を送れる明るさ、これらの貴重さをこの場の家族は理解している。だからこそ、今この時の幸せを共有できる。ある意味、不幸を知ってるからこその幸せで、手放しで喜んで良いものかは疑問だが、それでも乗り越えた幸せというものもあるのだから、それもいいのではないか。
これらを作るためにミズラはさほど役立てなかったけれど、守るためにできることをやろう、できるだけ長く続くように努めよう、皆との談笑を楽しみながらそう思うのであった。
◇◇◇◇◇◇
フォモール族滅亡の報はエルザークを複雑な気持ちにさせている。
フォモール族はやりすぎたと思うが、”この世界は現存する多くの種族が共存するには狭いのか?”とも考えてしまう。
それともフォモール族が他の種族と共存できるよう導くべきだったのか? とも考える。
多くの種族を守るために龍の無秩序な暴走を防ぐために、ケレブレアの企みに対抗しうるゼギアスを見守っている。同じようにフォモール族の暴走を防ぐための何らかの対策を見い出しておくべきだったのか。
だが全ての種族にできるだけあるがままに生き、そして死んでいくことを望むのならば、弱点を見出された、他の種族から恨みを買っていたフォモール族の滅亡は必然だったのかもしれない。
神竜といえど、いや神竜だからこそこの世界にできることは少ない。
本当にそうなのか?
そのことは神竜となってから何度も自問してきたではないか。
だが、一つの種族が滅んだ今、再びその問いを繰り返し考えてしまう。
出せない答えと向き合い続けられない龍は神竜にはなれないとはいえ、何千年も続くとさすがに神竜である自分を呪いたくなる時もある。
ケレブレアにはこの手の悩みは無いのだろうな。
そう考えると、はぐれ龍であるケレブレアの立場が羨ましく感じられる気もする。
だが、だからこそケレブレアははぐれ龍なのだと理解し、隣の芝生は青いと言うやつかなとエルザークは自嘲する。
ケレブレアが育てているデュラン族の力は既に龍王の域にある。
だが、それはゼギアスも同じこと。
そして森羅万象を使えるゼギアスが優位にあり、伸びしろもゼギアスの方が上だろう。訓練に付き合ってみて判ったが、ゼギアスの限界はいまだ見えない。
見えたと思っても、いつの間にか上限が上がってるのだから、察することができない。
これも地球の神が恐れたゼギアスの願いの力なのかもしれぬ。
今まではゼギアスには時間がないと思っていたが、これからは逆だ。
時間を経るごとに、ゼギアスの能力はケレブレアが育ててるデュラン族よりも大きく伸びるだろう。ケレブレアが龍王と護龍に対し十分勝ちうるよう時間をかけるだけ、ゼギアスが有利になっていく。
そろそろエルザークがゼギアスの訓練に付き合う必要はなくなってきてる。
これからは自分だけの力で伸びていけるだろう。
しかし、ゼギアスはどこまで伸びるのだろう。
事前の予想を超えて、あ奴はいずれ、過去五秒前どころか一時間だろうと二時間だろうと遡れるようになるのではないか?
生身を持つものの限界を超えていけるのではないか?
あやつの性格が今のままなら問題はないが、もし変わってしまってこの世界の災厄にならねばいいが……まあ、前世の知識や経験に縛られて雌を自分の自由にしようとすらできないのだからその心配は無いだろうが。
奴の考えや行動に影響されて、弱肉強食のこの世界に、奴が持ち込んだ新たな考えに従って生きる者も増えつつある。これまた時間が経つごとにゼギアスの危険性が減っているということだ。身近に雌を一人増やすごとに危険性が減るのだから、サラをけしかけてもっと多くの雌をゼギアスのそばに置くよう仕向けてみるのも面白いか。
ククククク、もうこれ以上はいいよ~と困るゼギアスの声が聞こえるようじゃ。
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