49、ヴァンレギオス(その一)

 カリネリア総督リアトスは、この日もカリネリアの開発状況が記された報告書に目を通してから、本国への進捗報告書を総督用執務室として割り当てられた部屋で作成していた。


 本国のヴァイスハイトやラニエロから進捗状況の目安を教えられており、その目安に従って追加の手を打つかどうかを判断している。今まで軍事に関係することばかりに時間を費やしてきたリアトスには判らないことも多かったが、本国の担当者に問い合わせるとアドヴァイスがすぐ返ってくるので、最近は仕事にもだいぶ慣れてきた。


 デスクワークよりも訓練で部下を鍛えるほうが性には合ってると思うのだが、ゼギアスから、今にも土下座しそうなほど頭を下げて”リアトス頼む! この通りだ!”と頼まれてしまうと断れなかった。今の仕事に就いてから、考えてみると、魔族のデーモンにはこの手の管理という概念が全くと言っていいほど欠けていたと気づいた。


 今思うと、ゼギアスの下で働く機会がなければ、ずっと無駄の多い非効率な生活を送らせ、結果として一族に苦労をかけていたのだろう。この機会に学んで、一族の中からもこの手の仕事を得意とするものを育てなければ……と、バルバ族の仲間のことを思い出す。


 報告書を書き終え、一息ついていたリアトスの部屋に部下が入ってきた。


「リアトス様、お客様です」


 ヴァンレギオスのレーティヒという者だが至急話を聞いてくれと言う。

 部下が身体を調べた所、自身で伝えた通りの魔族で特に怪しいところは無いのでどうしましょうかということだった。


 ゼギアスからは、面会を求める者にはできるだけ直接会って話を聞くようにと言われていたリアトスは早速会うことにした。


 応接間の椅子には、黒い長髪、銀の瞳を持つ細身の女性の姿があった。

 リアトスは自己紹介を済ませ、レーティヒの前に座る。


「ゼギアス様と急ぎお会いすることはできませんか?」


 レーティヒの様子には焦りが見える。表情と口調に、いかにも急いでるという空気が感じられる。


「用件は何かな? ゼギアス様は多分お会いになってくださるだろうが、用件も伝えずに会ってくれとは私は言えないのだが」


「ヴァンレギオスの女王陛下と急いで会って頂きたいのです。私どもには時間がございません。何卒、どうかお願い致します」


 リアトスの見る所では、嘘はついていないように感じる。

 それに一国の王が急ぎ会いたいと言うのだ。確かにゼギアスに報告すべき話だろう。


「判った。すぐ連絡を取るから待っていてくれ」


 リアトスは、預かっている思念伝達用ネックレスを使い、ゼギアスに報告する。

 ゼギアスはすぐに向かうと返事して思念が切れた。


「これからこちらへ来て下さる。もうしばらく待ってくれ」


 リアトスの言葉を聞いてレーティヒの表情が少し和らいだ。

 目の前に出されたお茶にもやっと手を出す気持ちになれた。

 カップを持って初めてそのお茶の香りの良さに気づき、その香りの甘さに心が少しだけ温かさを感じた。


 するとリアトスが座っている椅子の背後にゼギアスが転移してきた。

 大きな男だ。


「待たせてすまない。俺がゼギアスだけど、女王陛下が急いでるんだろ? 早速行こうか? えーと、場所はヴァンレギオスだったな。ちょっと悪いが、女王陛下のいる場所を思い起こしてくれないか? そうそう……それでいい……うん、判った。ああ、お茶を飲んでくれ。自慢のお茶なんだ。あとで感想を教えてくれると有り難いな。あ、リアトスすまん。決して無視していたわけじゃないんだ。急いでると聞いて気が焦っちゃってさ? それと報告書はさっき読んだ。このまま進めてくれ」


 なんか気ぜわしい男だが、悪い男には見えないとレーティヒは感じた。


 ゼギアスの勧めるままにお茶を飲み干すと、ゼギアスがちょっとすまないと言ってレーティヒの手を握る。リアトスというデーモンに”じゃあ、行ってくる”と軽く言葉をかけて、ゼギアスとレーティヒは転移した。


・・・・・・

・・・


 レーティヒの視界がはっきりするとそこは見慣れた宮殿の前だった。

 半月以上かけた道のりを一瞬で転移してきたのかと、ゼギアスの魔法力に素直に感動していた。

 レーティヒはゼギアスを先導して宮殿の奥へ進んでいく。


 様子こそ宮殿だが、こじんまりとした、そして質素な宮殿だった。

 ゼギアスは、エルザークの神殿もこのくらいのサイズなら邪魔にならないのにと、エルザークが知ったら特訓の時間増やされそうなことを考えていた。


 まっすぐ奥に進むと少し開けた部屋に出る。いわゆる謁見の間のような様子だからきっとここで女王陛下を待つのだろう。しかし、ここまでの間に誰とも会わなかったが、女王陛下が居るのにいいのかななどともゼギアスは考えてる。


 女王の座る椅子の前で周囲を見渡しながら待っていると、女王らしき女性とお付きの者と思われる女性が二人付き添って椅子まで歩いてくる。


 女王らしい女性が椅子に座ると、レーティヒは跪いて、


「ゼギアス様をお連れいたしました」


「レーティヒ、ご苦労様でした。こんなに早く戻ってこれるとは思ってもいませんでした。お疲れ様、ゆっくり休んでください」


 女王の言葉を聞いて、レーティヒは礼をして立ち去っていった。


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