47、幕間 サラとクリストファー(その四)

 フラキアの街並みは、ミズラの出産の際にサラも見て知っているつもりだった。

 しかし、短い期間の間にもっと変わっていた。サロモン王国の首都と遜色ないほどに、新たな建材と技術がつぎ込まれた建物や電灯すらも用意された街路が整備されている。


 ミズラ自身、領主宅近辺なら最近の様子も知っているけれど、街の隅々までは知らない。まして街から離れていると、どのように変わったのか判らない。

 だから、土地勘は当然あるけれど、サラ達と同じように地域の変化を楽しんでいた。


 街を一通り見て回り、市場や宿泊施設なども整備されているのを確認したあと、今やフラキアの最大産業である茶畑と紅茶の製造施設を見に行こうとなった。


 街を東に抜けると、茶の樹を増やすための育苗施設がある。挿し木で二年ほど育てられたあと、栽培に適した土壌に整備された畑へ植えられ、茶を摘めるようになるのは更に二年後になる。


 お茶にもいろんな種類があるけれど、例えば、日本茶と紅茶の違いは、茶の葉を発酵させるかどうかだ。


 ゼギアスは、日本茶の製造販売も考えているが、手を着けるのはリエラが和菓子を作れるようになってからにするつもりだ。玉露や煎茶を売り出したいとも考えている。


「クックック、目指す先には珈琲もあるが、とりあえず、茶の樹を利用できる商品のラインナップを増やすんだ。この大陸の甘味とノンアルコール飲料の市場を押さえてしまえば、独占禁止法が無いこの世界で儲けるのは簡単だぁあああ!」


 フラキアとサロモン王国の収入増を夢見て、捕らぬタヌキの皮算用で忙しいゼギアスだった。


 いずれにしろ、茶葉を大量に生産可能にしておけば、他の準備が整った時点ですぐ対応は可能になる。現在のフラキアは、エルフと協力して茶の樹の育成に適した土壌を作り、日照時間や気温の差によって出る味の違いを確認していた。

 更に、発酵の際に、時間、湿度、温度などを変えて、紅茶の味に違いを出している。


 製造法は、ゼギアスが地球から複製してきた書籍にある情報を基本に、この世界に適した方法を模索している。この辺りは種族関係ないので、獣人達がエルフと協力して研究している。


 またサロモン王国の入浴には欠かせない浴湯剤の原料となる野生の菊、キンミズキ、ミョウガの栽培も山では行われている。これらは元々が野草なので、手入れも難しくなく、茶畑に適さない土地で栽培するようにしてる。

 

 そこではザールートの問題児ハロルド・メルタルが働いているはず。彼が更生するまで、コカトリスの監視下で、雑草取りや邪魔な木の伐採作業させられている。

 サラ達はハロルドのことを知っているが、挨拶するような相手でもないので、思い出す者は居たかもしれないが、会いに行こうという話は出なかった。 


 街を抜けると、緑が鮮やかな茶畑が延々と続き、山も計画的に伐採されているようで、地肌が広くむき出しになっているところは見当たらない。人の手が入っていない山は多く見てきたが、フラキアのように木々がきちんと保全されている山ばかりの景色は観たことがなかった。


「綺麗ですねぇ」

「のどかで落ち着くわぁ」

「ここまで来たのは久しぶりですけど、手入れされているせいか山の雰囲気も以前とは違って感じます」


 紅茶の製造工場前の芝生が敷かれた空き地にサラ達は座り、辺りを見回して各々が感想をつぶやいた。畑の手入れをしてる者達が、サラ達を見つけては笑顔で手を振ったり、頭を下げ挨拶する。サロモン王国ならば近づいてきて雑談を始めるような状況なのだけど、ここでは皆すぐに作業に戻る。


 もともと貧しい国だったこともあり、仕事があることの喜びを地元の者からは感じる。またサロモン王国から出向いているエルフや獣人達も、地元の人達に感化されているのか、ここでは暇なく働いているようだ。


 サロモン王国に居る仲間がサボってるというわけではない。

 だが、ゼギアスの人柄の影響か、王族を見かけると寄ってきて、雑談が、もしくは酒盛りが始まってしまうのだ。

 

「顔をあわせた時くらいいいよな」


 ゼギアスも彼らと酒を酌み交わし、他愛も無い話で笑い合うのを楽しみにしている。

 サラ達もそんな空気を好ましいと感じている。


「活気があるのはサロモン王国も同じだけれど、ここの締まった空気もいいわね」


 フラキアの復興を肌で感じている地元の人達は、集中し真剣な表情でありながら、どこか楽しそうに仕事している。そんな状態をマリオンも嬉しそうに眺めていた。


「数年前までは、求めても探しても、この国には仕事がありませんでした。それが今では人手が足りないほどあります。父から聞いたのですが、他国へ出稼ぎに出ていた者達も、フラキアに戻り家族と一緒に住めるようになったそうです。本当に良かった」


 作業している者達をミズラは温かく見守る。

 サラとマリオンもまた、目の前の風景を愛おしく大切に感じているミズラの気持ちが伝わってきて、自然と温かい表情になる。


 ……この後、サラ達は紅茶製造の現場を見学し、来た道を戻るようにして街へ戻った。


・・・・・

・・・


 領主宅へ戻り、夕食までの時間をファアルド等家族と談笑してサラ達は過ごす。

 フラキアを観た感想をサラとマリオンが率直に伝えると、領主のファアルドも奥方のアリアも”ゼギアス様と縁があって本当に良かった”と嬉しそうに、”領民のためにこれからも力を惜しまずに努力せねば”と決意をあらわにして語った。


 執事の一人が語らいの場にやってきて、ファアルドに来客を伝える。

 レイビス国王クリストファー・ラウティオラ一行が到着したとのこと。


「転移魔法仕える魔術師がいるようね」


 マリオンは、カリネリアからの距離を考え、そうつぶやいた。

 サラは頷き、どうやら昨夜の話を思い出した様子で、瞳に険しさを纏わせる。


 執事の話によると、一行は今夜フラキアへ泊まる予定らしい。

 行きの際、カリネリアの情報を教えて貰った礼におみやげを持って挨拶に来たという。


「礼節は知ってる方のようですわ」


 ミズラが感心した表情を見せる。

 フラキアは貧しかった。エドシルド連邦加盟国からの支援をいつも欲していた。そんな国でも、娘を使った政略結婚で支援を引き出してこれまで滅びずに済んだ。

 だから他国のフラキアへの態度は見下したものになりがちで、礼儀を守らない領主も多かった。

 それをよく知るミズラには、クリストファーの行動は好ましく見えた。


 そうこうしているうちに、クリストファーがやってきた。

 普通は応接室へ通し、そこで挨拶を交わす。しかし、どこかで聞いたらしく、サラ達が領主宅に滞在していると知っていて挨拶に来たというので、居間へ通される。


 クリストファーはその場の全員に挨拶し、そしてサラの前まで近づいてきた。


「カリネリア総督府に寄りましたところ、今夜はこちらにいらっしゃるとお聞きしました。それでファアルド領主へのお礼もありましたので、ご挨拶に伺った次第です」


 端正な顔でにこやかに挨拶するクリストファーに、内心はどうあれサラもまた可憐さの残る微笑みを返す。


「それにしても、サロモン王国の方は魔法に優れていて羨ましい。魔獣を倒す際に魔力を消費しているはずなのに、フラキアまですぐ転移できるとは、正直驚きました」


 転移魔法は魔力の消費量が多い。魔法を得意とする魔族でも、訓練などしない一般の者なら一日に一度使用できるかどうかだ。サロモン王国でも、遠距離を日に何度も使用できるのはゼギアスとサラくらいなもの。

 クリストファーの驚きは、サラ達にも違和感なく理解できた。


「私の国はまだ奴隷を使役しています。サロモン王国と敵対したくはありませんし、今回、こちらやカリネリアを見て、奴隷を使わなくてもやっていける確信を持ちましたので、社会体制を変える自信を持てました。国内では抵抗があるでしょうし、時間もかかるでしょうが、必ず変えます。ですのでゼギアス王にそう伝えてくださいませ」


 サロモン王国の方針を知っているらしく、サラ達が何も言わないうちに、クリストファーは奴隷制度の撤廃を口にしてきた。

 マリオンとミズラは内心「へぇ」と驚いた。

 これまでの国は、何らかの希望を実現するために、サロモン王国の協力を必要としていた。その代償として奴隷制度の廃止を決めた。

 しかし、クリストファーはフラキアやカリネリアを見ただけで、奴隷制度の廃止を方針にしようとしている。

 もちろん、サロモン王国の協力を欲しているからなのかもしれない。

 それにしても、自発的に姿勢変更を決めたという点がおもしろい。


「なら、ご自身をもっと大事になさることですね」


 サラもクリストファーの発言に驚いたが、マリオン等と違い一言言わずにはいられなかった。


「ああ、昨日のことですか。うちの部下にもかなり絞られました。いやぁ、これからは気をつけます」


 クリストファーは、あははと照れ笑いする。

 ふうん、反省したみたいねと、目の前で苦笑しているクリストファーを見る目からサラは厳しさを消す。部下から問題を指摘されたら反省する。これはゼギアスも同じだ。

 ゼギアスと同じ美点をクリストファーに見つけ、ついクスリと微笑んでしまう。

 

 その後、クリストファーは別れの挨拶をしてファアルド邸を去った。


「なかなか気持ちの良い人でしたね」

「ええ、どこかお兄ちゃんに似ていて……」

「そうね。ダーリンと似ているとこあるわね」


 サラ達はそう語りあった。


 いつかきっとまた会う。

 そんな予感をサラはこの時感じていた。




 

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