47、幕間 サラとクリストファー(その三)

 洞窟を観た後、サラ達はカリネリアからフラキアへ転移した。

 まだ復興が始まったばかりのカリネリアは慌ただしい。街が破壊されたわけではないけれど、社会体制を変えている。その環境に人が慣れるまでは小さなトラブルが多発する。


 そんな状況のところへ、サロモン王国国王の妹や王妃達が滞在するとなればどうしてもトラブルが生じやすくなる。サラ達はそのような状態を避けたかったのだ。


 サロモン王国やその他近隣の友好国並みとまではいかないけれど、フラキアの環境整備は進んでいる。以前は産業が乏しく貧しかった国だが、サロモン王国の協力のもと、紅茶の製造を中心に仕事が増え、人々の表情も明るくなってきた。生活環境もサロモン王国並みを目指そうと、新たな技術や物資で街は整えられている。


 フラキア自治領主ファアルド・シャルバネスが陣頭指揮を執り、領内の安全や清潔さも高いレベルで維持されるようになった。

 今後は、学校を作ろうという話もゼギアスと交わしている。

 生活しやすい領地を目指し、領主も領民も懸命に努力しているのだ。


 その様子を見ると、ミズラは嬉しくなる。

 自然に笑顔になるミズラを見るサラとマリオンもまた喜んだ。


「では、今夜は領主宅へ泊まりましょう。思念伝達で父には既に伝えてありますので部屋も用意されているでしょう」


 夕暮れが近づいてきたことでもあるし、フラキアを観光するのは明日にしようということになった。


・・・・・

・・・


 自治領主の家族とともに夕食を楽しんだ後、まだ話し足りなそうなミズラを置いて、サラとマリオンは用意された部屋へ行く。各自一部屋ずつ用意されているが、サラの部屋で二人は就寝までの時間語り合うことになった。


 質素ながらも品の良い調度品で揃えられた客室。

 その窓際に、椅子を二脚並べてサラとマリオンは座る。


「あの、クリストファーという騎士。本当に騎士なのかしら? サラちゃんはどう感じた?」


 街灯も整備されつつある街の夜景を眺めながら、マリオンはサラに訊いた。


「そうですね。物腰といい、従者の態度といい、身分のかなり高い家柄の方でしょうね」


 昼間会った青年を思い出し、サラは答えた。


「そうなのよ。あの若さでも威厳もあった。どう見ても、ちょっとした貴族程度ではないわね」


 確かに、まだ若いのに人の上に立っている者にありがちな周囲を圧するような空気を纏っていたとサラはマリオンの意見に納得し頷く。


「でも、想像通りの高い身分の人だとすると、従者を二名だけで他国を歩くなんて不思議ですね」

「そうなのよ。うちのダーリンみたいに化物のような強さを持っているなら、従者は逆に邪魔だから判るの。彼は確かに槍の腕は優れていたし、他の武術も槍に劣らないものなのかもしれない。でも、せいぜいうちの軍の歩兵十名を相手にできる程度ね。それでも人としてはかなり優れているけれど……」


 敵として考えたなら、クリストファーという騎士はサラ達の脅威にはなりえない。

 だが、どこかの領地や国の王族に連なる者だとしたらどうだろう。

 個人でもそれなりの強さを持ち、慣れていないように見えた船上で戦い方を間違わずにロックサーペントと対していた。状況に応じた敵との戦い方を冷静に判断する戦術眼を持っている。


 彼が一団を率いて敵対したら、やっかいな面があるだろう。

 もちろんサロモン王国の軍ならば、多少戦術に優れている敵であろうと力ずくで粉砕できる。だからあくまでもやっかいだという程度だ。危険視し警戒するほどの相手とはサラには思えない。マリオンもきっとそこまで注意しているわけではないだろう。


 ただ、あれほど威厳を持つ青年が、近頃サロモン王国に占領されたカリネリアを少ない従者のみで出歩いていたのが気になっているのだろう。


「面白そうな方ですし、何か事情があるのかもしれませんね」

「そうね。サロモン王国に占領され、新たな体制を築きつつあるカリネリアに視察に来たのかもねん」


 立場の高い者が直接目で見て肌で感じて、新たな体制を判断しようとしているのかもしれない。

 そのマリオンの意見にサラは納得すると同時に疑問を持った。


「どこから視察に来たのでしょうね?」

「カリネリアを気楽に見て回っていられるなら、エドシルド連邦加盟国じゃないかしらん」


 それが確度の高い見方だろう。

 連邦加盟国の者ならば、検問等で生じる道中の不便は軽減される。まして身分の高い者なら、事前に連絡を入れておけばいろいろと融通を効かせてもらえるだろう。


「そうかもしれませんね。でも、まだ古い体制が残っているカリネリアに関心を持つなんて……気の早い方なのかも」


 そう話しているところへミズラが部屋へ入ってきた。


「何のお話をされているのですか?」


 自分用に椅子を持ち、サラの横で座る。


「今日会った青年の話よん。気にならない?」

「ああ、今し方父上から聞いた話しなのですが、レイビス国王クリストファー・ラウティオラのようですよ」


 身分の高い家の者だろうとは想像していたが、さすがに国王とまでは考えていなかった二人は、顔を見合わせて目を丸くした。


「国王?」

「グランダノン大陸最北東部に位置するレイビス。エドシルド連邦加盟国で、最近先代の国王が亡くなり、唯一人の息子クリストファーが即位したのだそうです」


 ミズラの説明を聞いてサラは眉をしかめる。


「え? じゃあ、国民の為に働くべき国王が、他国で漁船に乗って魔獣退治を?」

「そういうことになりますわね」

「信じられない。命を落としたら……いえ、大怪我を負っただけでも国への影響が大きいというのに」


 クリストファーは漁師等が困っているのを見過ごせなかった。

 その優しさは貴重だ。それは賞賛すべきことだろう。

 しかし、国王は自国を治めるための存在であり、その心身は自国のために使う責任がある。

 サラは、その点を軽んじたクリストファーが許せない。


「サラちゃんの気持ちも考えていることも判るわ。でも、そういう方だからこそレイビス国民は彼を慕うのではないかしら?」


 マリオンの意見にサラは怒りを収め表情に落ち着きを取り戻す。だが、それでもやはり、クリストファーの行動は国民への裏切りのように感じていた。


「……そうですね。本来ならすべきことではない。それはその通りですし、愚かな行動でしょう。でも、人は愚かさという人間らしさに惹かれることもあります。彼の行動は愛すべき愚かしさなのかもしれませんね」


 ミズラもまた、マリオンに同調した。説得しようという調子ではなく、思うところを素直にサラに伝えている。その温かさを感じサラは努めて冷静に考えようと気持ちを切り替える。


 ゼギアスも多くの欠点を持っている。女性に甘いし、目立ちたがりなところもある。自信を持っていないくせに過度に感情的になってしまうところもある。

 だが、だからこそ周囲は彼のことを助けたいと思うのかもしれない。


 サラだってそうだ。

 完璧な兄だったどうだろう?

 ここまでゼギアスを支えようと考えたろうか?


 兄には自分が居なければ。

 多くの王妃を抱えた今でも、やはりサラでなければと思っているところはないだろうか?


 他人のために自分を犠牲にしてでもと考えるのはけっして悪いことではない。弱い者、困っている者を助けるのは美しい行為だ。

 しかし、助けるにしても、立場に相応しい範囲や行動があるべきではないか。


 また他人から強制されるものでもないが、力を持つ者が期待されてしまうのも仕方ない。その期待に応えるからこそ、人に頼られ慕われ愛される。

 これもまた立場の高い者には必要な資質なのかもしれない。


 とミズラは言う。

 クリストファーの行動に納得したわけではないけれど、確かに、国を治める者にとって大切なことかもしれないとサラは感じた。

 完璧な王にはつけいる隙がないから仕える者は居ても、支えようとする者は居ないかもしれない。それでは王が替わったとき、国は混乱する。

 ここまでは納得はした。だが、それでもまだクリストファーの行動は軽率だと感じる気持ちはサラから消えなかった。


「……マリオンさん、ミズラさん、私はまだ子どもなのでしょうね。お二人の言うことがきっと真実なのだろうと納得したのですけど、やはりまだ割り切れずにいます」


 まだサラの表情はすっきりしていない。しかし、先ほどのような苛ついた空気は消えている。


「ううん、サラちゃんはダーリンをずっと支えてきたから責任感がとても強いだけよん」

「ええ、私もマリオンさんと同じ気持ちです。サラさんはゼギアス様と共にサロモン王国の礎を築かれた。あの方はとてもお強い、この世界で比類無き強さをお持ちです。ですが、とても弱いところもお持ちです。ずっと支えてらっしゃった分だけ、サラさんは治める者の弱さに過敏になられてる。それだけのことですよ」


 マリオンとミズラは、サラの責任感の強さを好ましいと感じていた。また現実という理不尽の前に、都合良く合せて生きるようになった自分達と異なる純粋さをも感じ大切にしたいとも感じている。


「そうかもしれませんね。……一度会っただけの他国の王のことで気分を害しても仕方ないわ。楽しいお話をしませんか?」


 二人が気遣ってくれることに感謝しつつ、サラは話題を変える。


「そうね。せっかくカリネリアを観てきたんですもの。どう感じたか話しましょう。……その前に、何か飲み物を持ってきますわね」


 ミズラが椅子を立ち、部屋を出て行く。その様子を二人は見送り、まだ続く夜を楽しもうと話し合った。

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