47、幕間 サラとクリストファー(その二)
先に戦っている船では、鉄製と思しき銀の鎧を身につけた男が槍を手に海上で暴れるロックサーペントを相手していた。戦いには慣れているようで、鱗がない身体の裏側目がけて槍を突き、敵の顎が迫る前に背後へ引いている。
「足場の悪い船の上であれだけの動きができるのね。魔獣退治しようと意気込むのもわかるわぁ」
「そうですね。ですが、やはり海の魔獣相手ですとかなり時間がかかりそうです」
サラとマリオンの目には、男の腕に不安はないが、船上からだと槍を深く突き入れられない点が気になる。
「あの戦い方は安全ですけれど、持久戦になれば不利なんじゃないかしら」
戦闘教官も務めているマリオンは冷静に分析している
「ですね。それでは近づいてください! さっさと終わらせますから」
マリオンへ答えた後、サラは漁師に向けて指示する。
船が騎士の乗る船に近づいていく。たかが近海用の漁船だからか、さほど高くない波に船体が揺れる。
「じゃあマリオンさん、私が凍らせますので、その後一気に風系魔法で……」
「ええ、判ったわ。あまり固く凍らせ過ぎちゃ困るわよ」
ではほどほどにと答えたサラは、ゆっくりと手を胸の前まで上げ、照準を合わせるように視線の先にピタと止めてグッと握った。
船の周囲の空間が重くなったかのように、漁師もマリオンも感じる。
次の瞬間、ロックサーペントを中心とした一メートルほどの円状区域が白く固まった。
「いいですよ、マリオンさん」
「あとは任せてねん」
ゆったりとした動きのサラと異なり、マリオンは勢いよく両手を前に突き出す。
マリオンの頭上の空気が勢いよく動き、その空間は前方の白い固形状の空間へ滑り込んでいった。
そして白い固まりが見えない刃によって切り刻まれていき、薄い白い花弁のような破片を辺りにばらまき始めた。
もう一隻の船に傷を与えていないことを確認したマリオンはサラにニコリと微笑む。
「おしまいね」
様子を見守っていた漁師が、”うおぉー”と感嘆の声をあげパン! パン! と音を立てて拍手している。
「では戻ってミズラさんを乗せて洞窟に行きましょうか」
マリオンに頷き、サラはサバサバとした表情を漁師に見せた。
・・・・・
・・・
・
岸に戻ると、漁師達がサラ達に頭を下げて感謝を伝えた。
「カリネリアの総督はデーモンですが、怖がることはありませんので、この海域の安全も保障して貰えるよう訴えてください。あとで私が記名した書き置きを残します。それを持っていってくださればけっして悪いようにはしないはずです」
ミズラが鞄から取り出した紙に、”海域に住む魔獣ロックサーペントの被害に対応されたし。 ミズラ・デュラン”と書く。
「私の名で渡しても構いませんでしょうか?」
サラとマリオンに問うと、ミズラの名の方がフラキアに近いこの辺りだと知名度もあるだろうから、もし任務遂行の際命じた者の名を出す必要があったら、サロモン王国を過度に恐れずに済むでしょうと、サラが答えマリオンも頷く。
サロモン王国の名とその実力は大陸で広まっている。しかし、庶民へ浸透しているのは、奴隷を解放しようとしている国の面が強く、軍事力や経済力の面ではまだまだだ。そのことをサラ達は知っている。
だから、ミズラのフラキア領主の娘として名声も説得力に利用し、サロモン王国のイメージ向上に努めるべきだと三名は各々同じく考えていた。
「ええ、ミズラさんが適していますわ」
サラ達の立場に気遣っているミズラの気持ちを察し、サラも温和な笑顔で頷く。
二人の了承を得たミズラは手にした紙を漁師の一人に渡す。
「できるだけ早めに総督へ渡してくださいね」
その一言を添えて。
さ、予定通りに船を借りて洞窟を観に行こうとサラがマリオン達と話していると声をかけてきた者が居た。先にロックサーペントを討伐しようとしていた騎士だった。
手柄を横取りされたと文句を言いに来たのかとサラ達は鋭い視線を向ける。
「いやぁ、凄い魔法でしたねぇ。おかげで私も無事戻って来られましたよ」
予想に反して、金髪碧眼の騎士は友好的な態度だった。そして間近で見ると、まだ二十歳くらいの若者。
「へぇ、サラちゃんにお似合いのイケメンねぇん」
腰に手をあてたマリオンがサラをからかう。
「マリオンさん、そういうことを言うのはやめてください。お兄ちゃんは国王だし、あの強さだから子どもを持たないといけませんが、私は目的を果たすまで浮ついていられないんですから」
「判ってる、判ってるって。ちょっと言ってみただけ。ごめんね」
ムキになって頬を膨らますサラに、彼女の気持ちを知るマリオンは素直に謝る。
「それで、何かご用でしょうか?」
じゃれあう二人を横目にミズラはイケメン騎士に訊いた。
「えーと、みなさんが洞窟へ行くと聞いて、私も是非ご一緒させていただいたらと……。あ、名乗るのを忘れていました。失礼しました。私はレイビスから来たクリストファー・ラウティオラと申します」
片足を引いて胸に手を当ててクリストファーは一礼する。その仕草には品があり、嫌らしいところをサラ達は少しも感じなかった。丁寧な挨拶にサラ達もそれぞれ挨拶する。
「ご一緒するのは構いません。あなたはお一人?」
サラが訊くと、従者が二人居るという。
「それは良かった」
「え? どうしてでしょうか?」
「私達は私達で、あなた達はあなた達で好きに会話できるじゃありませんか」
「まぁ、それはそうですが……」
「同じ船に乗っているからと気を使っていては疲れるでしょう?」
「つまり、お互いお構いなしで……ということですね?」
「ええ、そういうことです。聞きたいことがあれば、その時は話せばいいだけですし」
「判りました。せっかくの機会ですから、お互いに楽しみましょう」
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