47、幕間 サラとクリストファー(その一)

「ミズラさんと一緒にカリネリアを回ってフラキアへ旅行してきてもいいかしら?」


 サラがミズラの故郷を観てみたいと頼んできた。

 それはまったく構わない。いやそれどころか、サラにも観てきて欲しいと思っていた。

 占領の際、怪我人や病人の治療でカリネリアへ行ったけれど、見て回る時間などなかった。それに、フラキアにもミズラの出産で行っただけでゆっくりと滞在したことはない。


 あちこちへ飛び回る俺と違って、サラはサロモン王国から外へ滅多に出ない。

 仲良しのライラに時間があるときは、ふらっとどこかへ遊びに行っているようだけど、ライラも今は絵本の製作やセイランの写生に付き合っていて以前ほど暇ではない。ライラもまた遠出できる時間がなかなかとれないようなのだ。


「セイランといい雰囲気だから邪魔したくないしね」


 サラはそう言って、親友の幸せを祝福するように笑う。

 

 それはそうだろう。俺もサエラの妹ライラの幸せは願っている。セイランも温和で優しくいい奴だから、ライラと素敵な関係を築いてくれているようで嬉しい。二人が開いている絵画教室も今では盛況で、先生がセイランだけでは全然足りなくなっている。他にもサロモン王国で教室を開いてくれるような画家は居ないかと、それこそフラキアに声をかけて貰っているところだ。


 ライラとセイランが仲良く過ごしてくれているのはとても嬉しく、そしてサロモン王国の文化発展のためになっているのだ。だからサラとライラが以前ほど遊べなくなってるのは俺も寂しい。でも仕方のないことだと判っている。


「もちろんいいよ」


 サラが居れば、はっきり言って護衛など必要はない。

 ミズラの安全も保証されているようなものだ。

 だが、どうせならばと護衛役も十分務まるマリオンも誘ってくれと伝える。

 

 うちの奥様達は、サロモン王国の発展と充実のために日々頑張ってくれている。

 育児だけでも大変だと思うのだが、協力しあって国の仕事も手伝ってくれる。

 国内各地の視察や近隣の友好国との情報交換なども、俺の手が回らなそうだと見ると頼まなくてもやってくれる。俺と夢を共有してくれている献身的な奥様達なのだ。


 できることなら奥様達全員で旅行してもらいたい。

 だけど、それは難しい。だから、今回はマリオンに休暇を無理矢理とらせようと思う。


 マリオンは、育児の他に攻撃系の魔法を教えている。

 デーモンも得意な攻撃魔法だが、彼らは人間や獣人に教えるのが苦手だ。もともと魔法が得意な種族だから、魔法を発動させるためにもっとも基本的な部分を伝えるのは得意ではない。なので、魔族の教官も育てている最中。マリオンが教官を育てているのだ。


 うーん、実は俺が一番暇なのかもしれない。

 献身的な奥様達に甘えてばかりもいられない。

 こうして考えてたら、そう思ったよ。


 うん、エルザークのところで訓練にもっと励むとするか。

 

「判ったわ。マリオンさんも誘って三人で行ってくるね」


 サラが快く頷いてくれたので、俺は安心した。

 

 サラならばミズラとマリオンを連れてカリネリアへの転移も可能だ。カリネリアやフラキアの地理に詳しいミズラも居る。そして世情に詳しいマリオンが居れば何も心配することはない。

 いざとなれば思念伝達で俺を呼び出してくれればいいしね。


 旅行の計画と段取りは三人に任せ、俺は気を引き締めてエルザークのところへ向かった。 


◇◇◇◇◇


「サラちゃんが誘ってくれるなんて嬉しいわぁ~」


 ゼギアスが地球から複製してきたファッション雑誌に載っていたデザインを、こちらの世界風にアレンジしたジラール製の服装をサラ達三人はそれぞれ身につけていた。


 淡い空のようなブルーのワンピースのサラ。

 鮮やかなオレンジを基調としたワンピースのミズラ。

 白いシャツに黒いパンツルックのマリオン。 


 タイプの違う美しい女性三名が、カリネリアの東海岸に居た。

 グランダノン大陸の東部へ来るのは初めてのマリオンは、三人の中でもっとも楽しそうにしている。


 ゼギアスをベッドに誘う艶のある様子、それとも指導教官として毅然とした姿、そして母親としての態度。今のマリオンはいつもと違い、子どものようにはしゃいでいる。


 そんなマリオンの後ろから付いていき、サラとミズラは楽しそうに見ていた。


「マリオンさんがこんな風に無邪気に喜んでるところ、初めて見ました」

「サラちゃん、私、こうして家族とどこかへ出かけるなんて生まれて初めてなのよ」


 両手を広げ、マリオンは満面の笑顔でクルックルッと回る。


 ”マリオンは愛することにも愛されることにも飢えていたんだ”と、ゼギアスはサラにもミズラにもそう伝えていた。二人は、今のマリオンの笑顔を見て納得し実感している。


「どこか観たい場所はありますか? この辺りなら……そうだ、洞窟があります。光が海水に反射して岩壁に揺らめいて、その景色は幻想的です」


 サラとマリオンは顔を見合わせ、ミズラの提案への期待を視線で伝え合う。


「じゃあ、どこかで船を借りましょう」


 サラはミズラに微笑んだ。


・・・・・

・・・


 洞窟の入り口は海に面しているというので、海岸に降り船着き場へ向かう。 

 磯舟を借りようと、漁師の家が並ぶ集落がある方へ歩いた。

 すると、人だかりが船着き場周辺にできていて何やら騒がしい。


「どうかしたのかしら?」


 この辺りを知るミズラは不思議そうに首を傾げる。


「あそこ! 沖を見て」


 マリオンが指さす沖には、船が一艘揺れている。

 さほど波もないのに不自然なほど大きく揺れている。

 

 船着き場周辺に集まっている人達も、ある者は指さして叫び、ある者は口に手を当てて見守っている。サラはスタスタと岩場を歩き、船着き場へ急いだ。


「どうかしたんですか?」


 サラは漁師らしき人に声をかける。


「魔獣が出たんだ!」


「魔獣?」


「ああ、この辺りにはロックサーペントという蛇みたいな魔獣がたまに出るんだ」


 ロックサーペントは、体長四メートルほどで体表が固い鱗で覆われている。

 通常は比較的深いところに生息しているのだが、たまに餌を追って浮いてくるという。

 その硬い表皮で定置網を破ってしまい、漁師を困らせる魔獣だという。


 今日、定置網を引きずったまま岸周辺を回遊しているロックサーペントを見つけた。

 それで今日の漁はもちろん、定置網も据え直さなければならないと話し合っていたところ、騎士らしき男が「ロックサーペントは私が倒してやる」と船を一艘借りて沖へ出た。

 ちょうど今、その騎士がロックサーペントと戦っているところで、皆で見守っているところらしい。


「様子を見ていてもいいけれど、目の前で人が命を落とすかもしれないのにジッとしているのは嫌ね」

「サラちゃんがそう言うなら、私が行ってもいいわよん?」


 腕組みし沖を見つめるサラにマリオンが明るく声をかける。

 

「いえ、私も一緒に行きます。海の中だとマリオンさんの得意な炎系魔法は不利ですし……」

「あら? 私も成長したのよん? 氷系魔法だって……でも、サラちゃんの方が威力があるものね。判ったわ。一緒に行きましょう。ミズラさんはここで待っていてくださる? すぐ終わらせてくるから」


 「判りました」と頷くミズラに、余裕ある笑みをサラとマリオンは浮かべて手を振る。


「では船を一艘お借りできませんでしょうか?」


 先ほど事情を聞いた漁師に近づきサラは頼む。


「え? お嬢さん達じゃ……」

「大丈夫ですわよん? 心配はいらないわ。これでも私達、そこらの上級魔術師よりよほど強いですのよん」


 困惑する漁師に艶のある声でマリオンは答えた。

 

「ええ、私達はサロモン王国から来た旅行者です。サロモン王国の者が魔法に長けているの、ご存じありませんか?」


 サラもまた漁師の不安を消そうとした。

 ”そりゃ、このカリネリアはサロモン王国に解放されたから知ってるが……”とまだ不安そうな様子を漁師は見せる。


「仕方ありませんわねぇ。ではちょっとご覧になってくださいな」


 マリオンは片手を海に向け、ハッと息を吐いた。

 差し出された手のひらから太い炎が一直線に海上を進み、触れた海面を水蒸気に変える。


「どうかしら? まだ本気じゃありませんわ? それに私より、このサラちゃんはもっと威力のある魔法を撃てるの。若くて美しいからって弱いわけじゃありませんのよん」


 そこまで言うのならと、漁師は自分の船を貸すと言う。操船もするけれど、自分の安全は絶対に守ってくれとマリオンに伝えた。


「あなたに危険が及ぶことは絶対にありません。お約束します」


 落ち着いたサラの表情を見て、漁師は”こっちだ”と船までサラとマリオンを促した。

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