46、コルラード王国との同盟(その二)
ヤジールから暗殺犯人の話や裏に居る者達の話を聞いて、レイラは怒り、マールは落ち込んでいた。
「だがな? ライオネルは守らなければならない。それはレイラにも判るだろう?」
「ええ、あの子には罪はないものね。ただもう少ししっかりしてもらわなきゃならないのも事実だわ」
ヤジールには、レイラの返事がまだ不満だったようだ。
「私はそう思ってはいない。ライオネルは今のままでもいいんだ。私やレイラはどうしても物事を前向きに考えすぎる。だがライオネルはちょっと引いたところから私達とは違う視点で見る。政治に関わる者が全員同じ見方しかできないのは危険だ。だからライオネルには確かに他から付け込まれる隙があるだろうが、それは私やレイラがカバーしてやらなきゃならない。それにいずれライオネルも判ってくるだろうさ。私はそれでいいと思ってる」
レイラにとってヤジールの意見は逆らってはいけないものではないのだが、感情がヤジールに従う方向へ傾く。
「判りましたわ。お兄様がそう仰るのであれば、私もライオネルの周囲には気をつけるようにいたします」
ヤジールとレイラの会話を聞いていて、マールは恥ずかしくなっている。
ライオネルの優しさと同居する甘さを自分は利用して、自分の身の安定を考えていただけだった。だが、二人は国を運営するためにライオネルの優しさが必要といい、守ろうとしてくれている。
今まで自分はライオネルを守ろうと考えたことが有っただろうか?
ライオネルの幼いころはそりゃ守ろうとしてただろうけど、成人後は逆に守ってもらおうとばかり考えていなかったか?
今回マールがサロモン王国へ行くことだって、ヤジールがライオネルを守ろうとしてくれてるからだ。マールとマールの堕胎を施術した医師がコルラード王国に居なければ、ライオネルを傷つけるための証拠はない。
ふと気づくとレイラは居ない。ヤジールだけが残っている。
「ヤジール様、今回のこと本当にありがとうございました」
マールは心から感謝した。
「マール殿。実は私がこの絵を書いたわけじゃないのです。私だけならサロモン王国へマール殿と医師を預けることなどできませんでした」
実は、マールとマールの堕胎を施術した医師の二人をサロモン王国へ連れ出すという案はゼギアスからのものだという。
後宮という不自由な場所に置かれ、不安や不満が溜まった結果仕出かしたマール、そして堕胎を断れないしその事実を公にできない医師を過度に罰するのは好ましくないし、過度な罰を与えるような国は信頼できないとゼギアスは言ったという。そこでゼギアスの主張を満たすようにゼギアスとヤジールで考え、今回のことが実現したのだとマールへヤジールは説明した。
「ライオネルとは離れてしまいますが、たびたび会いに行かせますし、コルラード王国内では私達が守ります。ご安心ください」
「ありがとうございます」
自分の不貞をヤジールが知ってると聞いてから初めてマールはやっと安らかに眠れる夜になった。
この二週間後、サロモン王国とコルラード王国との間に、通商条約、不可侵条約、軍事同盟が、サロモン王国首都の政務館でゼギアスとヤジールを代表として締結された。
またこの機にザールートを国としてサロモン王国とコルラード王国は承認し、サロモン王国、コルラード王国、オルダーン、ザールートの四カ国間で同盟が結ばれる。グランダノン南部同盟、通称南部同盟はこうして生まれた。
これにより、グランダノン大陸のフラキア、ジラール、サロモン王国を結ぶライン以南はサロモン王国の友好自治体のみとなり、ジャムヒドゥンへの奴隷解放圧力を強めることが可能となった。
◇◇◇◇◇◇
「ライオネルにコルラード王国の農産業を任せてはどうかと? そしてサロモン王国がライオネルのバックアップしてくださるということでしょうか?」
「はい、ライオネル殿と話したのですが、植物にもともと関心があり、観察力もあるようですし、気遣いに優れ、そして根気もあります。新たな作物でコルラード王国の地域ごとの特産物を生みだせる力があると思います」
コルラード王国国内を見て回ったゼギアスは、現状鉱山資源に頼った産業が多すぎるように感じた。そしてそれらの鉱山は他の地域でも産出するものが多かった。今はこのままでもいいが、先を見越してコルラード王国が得意とする商品を作るべきではないかと考えた。
マールに会うためにサロモン王国へ来ていたライオネルと話してるうちに、サエラと同様に植物に対する観察力があると気づき、軍事や交渉事を苦手とするライオネルに研究系の仕事をさせてみてはどうかとゼギアスはヤジールに相談している。
「オルダーンやザールート、そしてフラキアで土壌や気候などに適した産物を我が国のメンバーは栽培し特産物化に成功しています。今もカリネリアとジラールで進めていますが、コルラード王国でもどうかと思いまして」
ゼギアスの提案は、ヤジールにとって願ってもないことであった。特にライオネルの自信に繋がる何かを探していたヤジールは、やらせてみるのもいいなと前向きであった。
「それに余計なお世話かもしれませんが、我が国で基本的なことを学んでる間はライオネル殿もマール殿のそばに居られますから、マール殿の気持ちを明るくするのではないかと思います」
「お申し出はとてもありがたいのですが、サロモン王国にも益のあることなのでしょうか?」
いくら同盟を結んでると言えど、何も益の無いことをするというのは気持ちが悪い。
「ええ、ありますよ。本来はサロモン王国国内で進めていきたいことが多くあるのですが、残念ながら人手が足りません。しかし、それらのうちの一つでも実現できますと、我が国の生活環境も向上します。それに……」
「それに?」
「貴国との関係強化に繋がります」
「それはそうでしょうが」
交流が増えれば関係強化に繋がることもあるが、それにしてはコルラード王国が得るモノのほうが大きすぎる気がする。
「例えば、設備が必要であればドワーフが、栽培環境をチェックしようとすればエルフが、設備の維持には獣人やデーモンが貴国で作業することになるでしょう」
「つまり、貴国の国民への偏見を減らすことになると?」
「身近で、自分達にはできない作業している者が居ると、偏見を強める者も居ますが無くす者もいます。強める人が居るのは残念ですが、どちらかが最初に一歩を踏み出さないと偏見が減ることはありませんから」
まあ確かに、国同士が協力関係を結んだといっても相手に偏見を持っていてはその関係もうまく機能しない。コルラード王国としては特に損のあることではないから、ヤジールはゼギアスの申し出に応じ、ライオネルをサロモン王国へ出向させることとした。
・・・・・・
・・・
・
……フフフ、ライオネルは掘り出しモノだった。
少し教えただけでサエラと同じ程度の観察力を発揮し、日頃、栽培研究に勤しんでるエルフ等とも普通に会話し作業に付き合えるのだから、コルラード王国でもその能力を発揮してくれるだろう。
コルラード王国では、香辛料やハーブを栽培したい。
まずはとにかく胡椒だ、胡椒。
抗菌、防腐、防虫作用がある胡椒。
冷蔵技術未発達のこの世界ではかなりの需要がある。
だが、胡椒は栽培が難しく希少品のままだ。
サロモン王国でも後回しにしていた。
だが、ライオネルならば機会を与えれば栽培成功してくれそうと期待できる。
胡椒と同時にローズマリー、セージ、バジル、レモングラスなどなど様々なスパイスやハーブを。
胡椒はもちろん各種香辛料はこの世界ではとにかく高い。
我が家では俺が魔法でガシガシ複製できるから問題はないんだけど、我が家だけで気楽に楽しめるというのは宜しくない。国民全員が気軽に楽しめるようにならねばな。それにもう少し安価なものにしないと、せっかく美味しい料理のレシピをリエラが作っても安く料理を提供できない。食材の調達には苦労しなくなってきたから、次は香辛料なのだ。
それにここで胡椒にも手を出す気持ちが出てきたのには訳がある。
我が国の魔法研究所では軍事利用目的以外でも様々な魔法を研究開発しているが、最近、害虫駆除に役立つ魔法が幾つか開発された。特に土中の害虫を駆除できる魔法が状態異常魔法と土属性魔法を組み合わせた複合魔法の実験結果が有効だったのが大きい。ちなみに風属性も加えた複合魔法での葉や枝や幹につく害虫の駆除魔法も同時に成功している。
農薬不使用で、楽に害虫駆除が可能。
殺傷対象の虫の種類まで選べる優れもの……というか、実はこれまではここがネックだったのに解決できたのが素晴らしい。益虫殺しちゃいかんからね。
そして魔法力消費量もかなり少ない。これも素晴らしい。
ただ、広範囲、百キロ平米を超える範囲に使用しようとすると魔法使用者の体力が問題になるけれど、そこは鍛えてもらう。まあ、魔法使用者の人数でカバーすることも可能だし、日数をかけてもいいから大きな問題にはならないだろう。
これ、地球だったらノーベル賞もらえるんじゃね?
ノーベル魔法賞なんてものはないから貰えるわけないけれど。
現在、状態異常魔法使える者には土属性と風属性魔法を覚えさせてる最中で、既に使用可能な者は各方面の農地へ派遣済みである。ゴルゴンの需要が一気に高まりゴルゴン大忙しである。
各種属性魔法使える者にも状態異常魔法を覚えさせているが、こちらは既に軍事関係の仕事に就いてる者が多いので、まあ、害虫駆除作業に回せる人数は期待できない。
つまり気温や湿度、それと土壌中の栄養にさえ気をつければ、栽培難度が高い胡椒の栽培も難しいものではなくなる可能性が高まったのだ。
ライオネルを香辛料とハーブ栽培の第一人者にする!
これが今の俺の目標である。
いよいよ食全般の向上を目指し、必要なものを生産する段階にきた。
捕らぬ狸の皮算用モードが発動しっぱなしの俺である。
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