46、コルラード王国との同盟(その一)

 散歩からマールが部屋に戻ると、見知らぬ女が待っていた。

 マールは不審に思い、


「そなたは誰だ?」


 いつでも誰かを呼べるように扉を閉じずに、聞いた。


「まずは落ち着いてください。私はこのままお話しても構わないのですが、話を誰かに聞かれるとマール様が大変お困りになると思います。いかが致しましょうか?」


 マールが困ることにはいくつか心当たりがある。

 どれかを知られているのかもしれない。

 別にマールを害そうという雰囲気ではないので、扉を閉めた。


「これでいいのか?」


「はい、では落ち着いて静かに聞いてください。私はサロモン王国の者です。実は……」


 その女はエルフで名前はディータ、サロモン王国国王ゼギアスの命で来たという。


 ディータの口からは、マールの懐妊と堕胎の証拠および情夫の名前……本名が明かされた。堕胎を行った医師も既にサロモン王国へ連れ去ってると言う。


 マールは情夫の本名とその目的を知らされ青くなったし、堕胎の証拠を押さえられてると知り顔色は白く変わった。


「私をどうしようというのだ?」


「病気になってください。正確には仮病ですね。そしてその治療と療養のためにサロモン王国へ行くということにしていただきたい。診察する医師はこちらで手配してありますので」


「その後、私はどうなるのだ?」


「ヤジール様が即位されるまでは大人しくして頂きます」


「牢にでも入れられるのか?」


「いえ、我が国の首都で自由に暮らしていただけます」


「監視付きでか?」


「いえいえ、そのようなことしなくてもマール様が我が国から出ることをお選びになるはずがありません」


 ああ、確かに堕胎の証拠まで握られてるのだ、逃げたところで、いやサロモン王国の外に出たら危険なのだ。


「拒否したら、ヤジール殿にバラすというところか?」


「いえ、その必要はございません。この情報を私共へ伝えてきたのはヤジール様ご自身ですから」


 マールは絶句した。

 知られてはいけない相手に知られていて、その相手が自分の命を守ろうとしているというのか?

 何故だ・・・・・・?


「ヤジール殿が、何故そのような……」


「ライオネル様が傷つくからです。」


 マールの不貞が公になったらライオネルは確かに傷つくだろう。

 だが、ヤジールがそのことを危惧してマールの身を案じるというのか。

 マールは負けたと悟った。


「判りました。貴女の言う通りにいたしましょう。ですが、オルハーン様は?」


「そちらはヤジール様が責任もって説得してくださると約束してくださいました。」


「判った。で、私はいつ病に伏せればいいのだ?」


「これからすぐにです」


 マールは、食事もさほど取れず、頭痛が酷くて起き上がるのもままならない風を装った。実は健康なのだから医師が診ても病名も原因も判るはずがない。そこで最近ダキアに訪れたサロモン王国の治療魔法を得意とするエルフをヤジールが連れてきて診察させた。そのエルフは……ディータであった。


「これは治癒魔法でも治りそうにないですね。ゼギアス様の妹殿下サラ様ならあるいは。紹介状を用意できますが、いかがいたしますか?」


 ヤジールはオルハーンを説得し、マールのサロモン王国行き……治療と療養……を認めさせた。どうせヤジールとレイラはサロモン王国へ同盟のための打診で行くのだ。ディータが同行するのでマールも一緒に連れていけばいいということになった。


◇◇◇◇◇◇


 ヤジールはレイラとディータそしてマールと共に随員の者他四名の計八名でサロモン王国へ向かう。同盟条約を正式に結ぶ時ならもっと大勢の随員が必要になるかもしれないが、今回はあくまでもサロモン王国側の意思を確かめる打診が目的で、公式訪問でありながらも交渉の下準備という内容だからそう大勢を連れて行くわけにもいかない。


 コルラード王国国内は警備が付くし、ザールート領に入ればサロモン王国の巡回が動いてる。そう心配はないだろうということで少数で馬車に乗ってサロモン王国へ向かうことになった。


 ディータはヤジール等からサロモン王国や首都グローリーオブエルザークのことやゼギアス・デュランとその家族について質問され、その一つ一つに丁寧に答えていた。政治に関係することはヤジールが、経済や生活についてはレイラが食いついていた。ディータは国外で話しても構わないとされてる範囲で全てに答え、答えられない類の質問にはゼギアス様に直接お聞きくださいと断った。


 その中でマールだけは無言だったが、誰も彼女に話しかけようとはしなかった。

 マールは”自分の事情を皆知ってるのでは?”と怖れ居心地が悪かったが、この時には情夫の狙いが金や自分の身体ですらなく愛息子ライオネルを陥れるためだったと知り、今は耐えるしかないと我慢していた。


 数日後、一行を乗せた馬車はザールートへ入る。

 コルラード王国の警備兵と別れ、今やコンクリートで舗装された道を馬車に揺られて移動している。


 やがてコカトリスを連れたデーモンが道の中央に現れる。

 その報告を受けたヤジールは馬車を止め、デーモンのもとへ動く。


 ヤジールの後ろからディータもついて来た。

 デーモンとディータは軽く会釈して、二人とも視線をヤジールに向けた。


「この馬車をコルラード王国からずっと追跡していた者達が、あまりに不審なので取り押さえております。ご確認いただけますか?」


 デーモンはザールート国境近辺を巡回しているという。ヤジールは確認すると伝え、不審者達のところへ連れていってもらう。そこには石化した二十体の人型があった。だが顔の表情が生々しく、この状態でも顔を知ってる者なら確認できる。


 ヤジールは二十体の石像を一つ一つ確認して回る。


「この者とこの者は知ってます。サルガラ領の警備隊長と隊員です」


 ヤジールが指差した二人のうち警備隊長と教えられた者の石化をデーモンが解除した。解除された警備隊長は目の前にヤジールが居ることに驚き、逃げようとしたがデーモンの魔法で拘束されてるようで動けない。


「さあ、白状してもらおうか? エルーダとゲナルの命令だろ?」


 ”全て知ってるんだぞ”というようなヤジールの表情と口調に警備隊長は冷や汗を流している。ザールートへ侵入する際に、入領管理所のある街道ではなくわざわざ山越えしてきた以上、このまま逮捕されて尋問を受けるのは確実だ。ここで言い逃れしても多分信じちゃ貰えない。それに部下はともかくヤジール襲撃のために、金で釣って連れてきた者達は尋問されたら答えるだろう。どのみち金が貰えないのであればエルーダに忠義立てする理由が彼らにはない。


 ここは少しでも自分の身を守るために正直に答えたほうがいい。

 ヤジールなら誤魔化すよりその方が安全だ警備隊長はそう判断した。


「はい」


「目的は私の暗殺だな?」


「……はい」


「さて、お前には二つの選択肢がある。一つはこのことをオルハーン国王の前でも告白し、しばらく投獄されること。もう一つは告白を拒否して、私に殺害されること。お前がエルーダやゲナルを怖れ、もしくは忠義立てするのか、それとも裏切り行為になるが命だけは守ること。さあ、どちらを選ぶ?」


 自分の身だけは守ろうと決めた警備隊長は即答する。


「告白いたします」


「そうか、懸命な判断だと思うぞ? では、暫くの間、ザールートで監禁されていてくれ。コルラード王国に戻るよりよほど安全だ」


 ”了解いたしました。”と答えた警備隊長から顔をデーモンに向け、


「お手数ですが、私共がサロモン王国から戻るまで牢に監禁しておいて貰えますか?」


 ”判りました。ご指示に従いましょう。”とデーモンは答え、コカトリスに命じて警備隊長を再び石化した。デーモンは思念伝達魔法でザールートの警備員詰め所へ連絡する。しばらくすると石化した者達を引き取りに警備員達がやってくる。


「サロモン王国では、石化して逮捕するのですか?」


 一連の様子を見ていたヤジールはディータに質問した。


「こういった巡回ではそうしておりますね。大勢で巡回しなくても、コカトリスと一緒にいれば十人や二十人の不審者は即石化してしまえますし、その場で石化解除できない場合もあとで……といっても四~五日の間には解除しないといけませんが……解除すれば石化されたものの命にも危険はありません。他の対応ですと不審者に怪我はさせてしまいますし、運が悪いと命も奪ってしまいますから、これが捕まえる方にも捕まる方にも一番安全なんです」


 なるほどなとヤジールは納得した。

 見た目は怖いが、解除できるなら言われる通りだ。捕らえる方は不審者や犯人が行動不能にさえなればいいのだから、石化しておくというのも合理的かもしれない。


「では参りましょう」


 ディータに促され、ヤジールは馬車へ戻る。


「お兄様、どうかしたんですの?」


「ああ、今夜にでもきちんと話すよ」


 心配するレイラに笑顔を見せて、ヤジールは馬車を進めるよう御者へ伝える。


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