45、カリネリア占領の影響(その三)

「……そなたでも撤退するしかなかったか」


 コルラード王国首都ダキアにある王宮の謁見の間にて、ヤジールの報告を国王オルハーンが聞いている。体調が優れず自室で休んでいる王妃ハリダと、側室のマールを除く王族が揃っている。国王オルハーン、長男ヤジール、長女レイラ、次男のライオネル……ヤジールとレイラは王妃ハリダの子だが、ライオネルは側室マールの子。


「はい、サロモン軍は飛竜に乗って空中から大きな音と激しい光を放つかなりの衝撃を持つ武器と、光はさほど放たないものの衝撃力にさらに優れた武器を我が軍に落とし、こちらには手も足も出ない状態のまま多くの兵を損傷させるので、甚大な被害を出さぬうちに撤退を指示しました」


 水面下でマルファと会っていてよかったとヤジールは考えていた。実際、まともに戦って勝てる相手ではなかった。マルファとの密約がなく、コルラード軍が撤退したらサロモン軍は追撃してこないと知らなかったら、あのまま戦闘を継続するしかなかった。そうなっていたらどれほどの損害を出していたか判らない。


 その上、サロモン軍が追撃してきていたらコルラード王国の軍事力では太刀打ちできない。コルラード王国の崩壊も確実だろう。


 コルラード王国とは争うつもりもなく、領土的野心もないとマルファが言っていたのは事実だろう。現状のままなら、苦もなくコルラード王国を占領できる力がサロモン王国にはある。だが、それをせずにヤジールと密約を交わしたのだから、コルラード王国としてはサロモン王国と同盟を結び、敵対視されることだけは避けなければならない。


「父上、サロモン王国からの同盟の申し入れを先日断ったのでは?」


 ヤジールの弟、国王オルハーンの側室マールの子、ライオネルがヤジールの報告を聞いて不安げな表情でオルハーンに確認する。


「うむ、カリネリアのセドリックとの間には協力する約定があったのでな。サロモン王国のカリネリア侵攻があるとセドリックから聞き、サロモン王国と同盟結ぶのはマズイと断ったが」


 苦渋の表情をオルハーンは浮かべてライオネルの問いに答える。


 セドリックから金銭的支援を受け、その代償としてカリネリアの防衛に手を貸す約束があった。これからも金銭的支援を続けさせるためにとカリネリアとの約定を重視した。だが、今となってはサロモン王国と同盟を組んだ上で、サロモン王国とカリネリアの間に入って調停役を務めたほうが賢かったと後悔している。


 少なくともサロモン王国との間で戦端を開いたのだから、それを理由にこれからサロモン王国が攻めて来ても不思議ではない。


「今からでも、こちらからサロモン王国と同盟を結ぶことはできないんですの? お兄様の話を聞きますと、私がサロモン王国へ輿入れしてでも関係を結ぶ必要があるように思えますけど」


 ヤジールの妹で長女のレイラが、サロモン王国との同盟を進言する。

 弟のライオネルと異なり、気丈な気性が表情に現れている。


「しかし、サロモン王国国王ゼギアス・デュランには既に王妃が六人居ることだし、我らが輿入れを望んだとしても受け入れるか判らん。それに、正妻になれないのなら、問題が生じた時簡単に切り捨てられることも考えられる。案としては残すが優先順としては高くないと思うがな」


 ザールートとは付き合いがあるので、表面的なことならサロモン王国の内情もオルハーンは掴んでいる。もし、ゼギアスの性格や王妃達への姿勢をオルハーンが知っていたら、レイラの輿入れを最優先したであろう。だがそこまでは把握していないオルハーンは娘レイラの意見に重きを置かなかった。


「私は、レイラを送ると同時に同盟を申し入れるべきではないかと考えます。レイラを送り我が国の姿勢を明らかにした上で、此度の戦闘はカリネリアとの関係上致し方なかったと伝え、その上で同盟を申し入れたならサロモン王国側としても一考してくれるのではないでしょうか?特に、今回の戦闘では……私の力不足によるものですが……サロモン軍に一兵の損失も与えられなかったのです。サロモン王国としてはこちらを過度に恨む理由はないと思います」


 ヤジールは、可能なことは全てやるべきと考え具申した。


 ヤジールからの報告でサロモン軍の強さは理解しているだろうが、現場を見ていないから深刻さを理解していないと家族の様子を見て感じていた。なりふり構っていられる相手ではないのだと判っていない。


 もちろんマルファとは密約を結べたのだから、サロモン王国がコルラード王国へ攻めてくるとはヤジールは考えていない。しかし打てるべき手は打てるうちに打つべきなのだ。いつまでも現状のままでいられると考えるのは愚か者の考えだ。


「ヤジールよ。サロモン王国との間に対等な同盟関係を結べると思うか?」


「可能性はあると思いますが、今の時点では確信はできません。先日と今とでは状況が変わりましたから」


「お父様、ザールートに頼んで、間に入って貰うというのは如何でしょうか? ザールートはサロモン王国と友好協力関係にあります」


 サロモン王国との同盟に前向きなレイラは再び口を開いた。


「姉上は、サロモン王国との同盟を結ぶべきと考えてるのですね?」


「当たり前じゃないの。お兄様ですら勝機を見いだせなかったのよ? それとも貴方には何か良い案があるの?」


 兄ヤジールを尊敬し、その実力を高く評価しているレイラにとって、ヤジールを撤退させたサロモン王国はとても強大な相手に思えていた。


「……いえ……ただ……コルラード王国が対等ではなく属国のような立場になってはと心配してるのです」


「ライオネル。私は属国のような立場になることはないだろうと考えてるが、お前の心配も判るよ。だがな? そうさせないように動いてダメだったらその時に考えて良いことではないか? サロモン王国の主張を全て受け入れて同盟を結びたいなどと考えてはいないのだから」


 レイラとライオネルの間で口論が始まるかもと感じたヤジールは、ライオネルの案も無視していないと伝えて、二人の話がこれ以上エキサイトしないよう止めた。


「そうですね。先にやるべきことをやってから、その後の対応を考えるべきですよね。兄上、判りました」


 少し気弱だが、優しく素直なライオネルのことがヤジールは好きだった。やもすれば反国王派に利用されそうな弟を守ってやらねばとも誓っていた。


 カリネリアのセドリックと通じていた反国王派には厳重な監視をつけている。何か怪しい動きがあればすぐ報告があるだろうし、動いてくれれば一網打尽にできるから動いてくれという期待もヤジールにはある。


「では、サロモン王国と同盟を結ぶ方針を、明日にでも会議にかけよう」


 オルハーンは王族のみの話し合いを終える。


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