44、カリネリアとの戦い(その三)

 翌日、俺達はコルラード王国軍との接触予定地点まで着き、予定通りの陣形をとった。先行偵察から、コルラード軍の他に別方向から二万名超の傭兵が近づいているという報告があった。


 傭兵を二万名超ね。

 金使いすぎだろう。

 大陸中の傭兵かき集めたんじゃないだろうな。

 まあ俺の財布じゃないからどうでもいいんだが、これには少し驚いた。

 自前の常備軍を持たないから、ここぞという時には大金ばら撒くのも仕方ないんだろうな。


 しかし、頭数だけ集めても今回の戦線ではあまり意味ないんだよな。


 そもそも二万名の傭兵をどのようにまとめて誰が指揮するのか決めて、その指示に従う体制を作ってるのか疑問だ。確かに、傭兵が戦争を仕事にしてる以上はそこそこ使える者が集まってるのだろうと思うが、指揮命令系統が整備されていないと烏合の衆でしかない。


 まあ、いい。

 コルラード軍は様子次第で手出ししないので、地上部隊の実戦訓練に利用させてもらおう。傭兵には情けかけなくていいしな。


 コルラード軍も陣形を整え終わったところで、白旗を掲げた軍使のような者がこちらに向かってると報告があった。


 ”はて? まだ戦端も開いていないのに降伏はありえないし、捕虜交換もない。こちらの意気を知ってるヤジール将軍が降伏勧告なんかするわけもないだろう。なんだ?”と訝しんでると、俺への書状を持ってきたらしい。


 アロンも”この機になんでしょうかねえ?”と書状の内容に興味深々。


 書状は、カリネリア自治領主から俺宛てで、内容を要約すると、


 ”別に人質にしてるわけではないが、奴隷の身が心配ならゼギアス本人が鉱山に向かわれたし”


 あの自治領主、何かしやがったのか?


「アロン! ここは全て任せる! コルラード軍の動きに対応するくらい簡単だろ?」


 俺は体全体から怒気を発して、アロンに否と言わせない強い口調で命令した。


「造作もないことです。こちらは安心しておまかせを」


 書状の内容を聞いたアロンはいつものゆったりとした表情と異なり真剣な顔で答える。奴隷への非道な行いには俺がもっとも怒りを感じるとアロンはよく判ってる。俺が纏ってるものは、茶化したり冗談など言える空気ではない。 


 ”じゃあ、任せた。状況だけは随時教えてくれ。”とアロンに声をかけ、俺はカリネリアの金鉱山まで転移した。


・・・・・

・・・


 鉱山に到着すると、違和感をすぐ感じた。

 辺りには誰の姿も見えない。


 通常は、採鉱した鉱石の運搬したり選別作業する人員の動きが坑道の外にあるはず。サロモン王国の鉱山でも手作業は必須で、その他に多油浮選を用いているがやはり人の手は必要だ。


 それがまったく見当たらないのだ。


 自治領主の書には”鉱山へ行け”とあった。

 もしや坑道内に。


 俺は目の前にある坑道へ急ぎ入っていった。

 わざわざ俺を呼び出したのだから、坑道内で何も起きていないはずはない。

 俺は中で何かやりやがったんだとほぼ確信し、薄暗い坑道の奥へ進んでいった。


 途中で三方向に坑道は分かれていた。

 とりあえず右端の坑道を選び奥へと突き進む。

 やがて壁に突き当たったが、岩盤ではなく崩落事故による土砂の壁だ。


 俺は土属性魔法でこれ以上崩落が起きないよう天井を固め、それから壁になってる土砂を砂に変えた。砂に変わった土砂は風属性魔法で坑道の外へ向けて吹き飛ばす。これで有毒ガスが空気中に混じっていても薄まるはず。


 目の前の障害と取り除き、そのまま奥へ進むと、作業員が大勢倒れているのを見つけた。


 酸欠か!?

 それとも有害ガス!?


 近くに倒れていた作業員を確かめると、まだ息があった。

 助けられるかもしれない。


 (サラ! ベアトリーチェとスィール、その他治癒回復魔法を使える者五名と坑道内から人を運び出す要員十名程度を連れてカリネリアの金鉱山まで至急来てくれ!転移魔法使える者をフル動員してくれ!!)


 治癒回復役を呼んでから、俺は倒れてる者達を連れて坑道の外へ転移した。

 一度にせいぜい四名が限界でもどかしかったが、今はできることをするしかない。

 倒れていた者の中には女子供も居た。

 何ということをしやがる。


 この崩落事故は偶然じゃない、人為的な崩落だ。

 奴隷達全員を坑道の奥へ閉じ込めておくためにやったんだ。


 脳が沸騰するんじゃないかと思えるほどブチ切れていたが、今は救助が優先だ。

 あとで、必ず思い知らせてやる。必ずだ!


 一つ目の坑道の奥には六十名程が閉じ込められていた。

 坑道が分かれていた場所へ戻り、二つ目に入っていく。

 ここも同じ状況だ。


 俺は土砂をどけて、坑道奥に空気が流れ酸素が入る状況を作ることを優先し、二つ目と三つ目の坑道の土砂を先に取り除いた。


 分岐点に戻り二つ目の坑道に再び入ろうとしたとき、救援の仲間がやってきた。

 五名づつ二組に分け”奥に倒れてる同胞がいるから急いで外へ運び出してくれ”と指示して俺は坑道の奥に突っ込んでいく。


 急がなければ。

 息さえあればサラ達が助けてくれる。


 俺はひたすら転移を繰り返した。

 多分、俺の表情は泣きたいのか怒りたいのか判らないものだったと思う。


 同胞をこんな目に遭わせた奴らへの怒り。

 だが、それは俺がきっかけを作った所為という悲しみ。


 ああ、またやってしまった……何度同じこと繰り返せば俺は判るのだろう。


 周囲からどう思われようと、どれだけ非難されようと、解放すると決めた奴隷は先に救出しなくてはならなかったんだ。


 奴らは亜人や魔族の命など何とも思っていないと判っていたはずじゃないか。


 ちくしょう!

 ……ちくしょう!!

 …………ちくしょぅぅぅう!!!


 何が化物だ。

 俺はどうしようもない馬鹿者だ。

 安全に救う手段がありながら、綺麗事に拘って同胞の命を危険に俺は晒した。

 怒りと悔恨の奔流が、俺の理性を失わせようと暴れてる。


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