44、カリネリアとの戦い(その一)


 カリネリア自治領主マクシム・コウトニクと約束した期限の一ヶ月があと四日で過ぎようとしている。


 サロモン王国ではアロンが二十万規模の軍編成し、既にカリネリアへ向かっている。二十万の軍勢はサロモン王国全戦力のおよそ半数であった。カリネリアだけが相手ならかなりの過剰戦力だが、ジャムヒドゥンもしくはコルラード王国がカリネリア支援に参加してくる可能性を考えるとこの程度の軍勢は最低限必要だった。


 カリネリアの隣国フラキアはカリネリア同様のエドシルド参加自治体だが、他国を支援するための余剰戦力は無いとカリネリア支援は断っている。だが、サロモン王国のフラキア方面からの侵攻はエドシルド加盟自治体として阻止すると主張した。カリネリアは、フラキア方面以外からの侵攻に注意してくれということだが、エドシルドの他国からの支援も当てにできない以上、カリネリアにとってはフラキアは壁でしかない。


 念のためジャムヒドゥンへの警戒のため二十万の軍勢を用意したアロンだが、ジャムヒドゥンが南西の小国を守るために軍を出してくることは無いと読んでいた。相変わらずリエンム神聖皇国との戦争は継続してるし、グラン・ドルダ選出法を巡って士族間の信頼に溝が入ってる中、約定もない他国の事情に構う余裕はないと判断していた。それでも全軍を預かる身としては万が一に備えなければならない。


 大軍を動かすとき最も気をつけなければならないことは予定地までの移動だ。その数を生かせない地点や大軍だからこそ不利になる地点を通過しなくてはいけない場合がある。そういう地点を損害を出さずに通過するためには、先行偵察による状況確認はもちろん軍を分けて通過させたりと工夫する必要がある。


 ただ、サロモン王国には空中部隊があり、上空からの広域確認が可能だし優れた地上探索部隊もいるのでアロンはこの点はさほど心配はいらないと考えてる。


 ゼギアスは最初偵察部隊に双眼鏡でも持たせようかと考えていたが、エルザやクルーグと同じ種族鷹人族を飛竜に乗せたほうがより遠くより広範囲を探索できるとアロンから言われ納得した。鷹人族は人間の八倍の視力を持ち夜目も効くのだから双眼鏡程度は要らない。 


 また地上は、シャピロと同じ種族人狼族がその特性を活かして広範囲で罠などがあれば報告または撤去していく。人狼族は最高速度こそ兎人族などより劣るが、スタミナがあるので時速三十キロ程度でなら長時間移動できる。更に視覚や嗅覚も優れていて罠の発見が容易。


 そして先行偵察部隊は皆意思伝達ネックレスを装備しているから、どんなに離れていてもアロンのもとへ情報は届き、受け取った情報をもとにアロンは軍を素早く指揮する。


 サロモン王国軍を相手に奇襲をかけたり、罠を仕掛けるのは非常に困難と言えよう。


 カリネリアまであと一日のところでキャンプを張り、カリネリアとコルラード王国の動きを確認するためアロンは空中偵察を出す。


「マルファからの報告では、ヤジール将軍は交戦後ある程度剣を交えたら撤退する様子とのことだが信用できそうか?」


 ゼギアスはアロンに確認する。

 カリネリアは実際のところ敵ではなく、コルラード軍の実態こそが問題だ。


 ヴァイスハイトは、こちらから同盟を申し込みをコルラード王が断った時点でコルラード軍の動きは……ヤジール将軍の動きは誘導されると言う。ヤジール将軍が将軍としてのみ動くのであれば、カリネリアを守るためにその力を発揮すべく奮戦するだろう。だが、次期国王のヤジールとしては、サロモン王国と対等の立場を保ちたいと考えるだろうから、マルファが出した手をこっそりと握りつつ、カリネリアへの義務も果たしたと表面上装いたいはずだ。


 もちろんコルラード王がサロモン王国との同盟に賛同していれば、大軍を派遣することなくカリネリアを占領しえた。そのほうがサロモン王国としては楽だったが、一方でサロモン王国の軍勢を諸国に見せつける機会を設けられたと考えることもできる。


 現時点では、サロモン王国の全貌を知る国は居ない。これには長所もあれば短所もある。長所は、敵がサロモン王国を侮りやすいという面で戦争になった場合は有利に働きやすい。短所は、戦争しなければサロモン王国の実力を理解しないから、脅しに屈してくれない点。


 今回はサロモン王国軍の半数近くを派遣し、その力は公になる。だが、やはりサロモン王国の現状は明らかにならない。敵からすれば半数だとは判らないのだから、サロモン王国軍の力を知ったところで、やはり敵には真実は判らない。だが、今回でサロモン王国軍の力を知ることで、小国とは取り引きしやすくなるだろう。


 今回はコルラード王国に力を見せることができる。これが目的の一つ。

 ”フフフ……せいぜい脅かしてあげてください”とヴァイスハイトは悪い顔をして笑っていた。


 ゼギアスやアロンならまだしも、あの真面目なヴァイスハイトが悪い顔で笑うとはとゼギアスは驚いた。まあ、この世界にはまだ無いあるモノを使ってコルラード軍を脅すことになってるのだが、その案を出したのがヴァイスハイトで結果の報告を楽しみにしてるようだ。


「信用などしてませんよ。ヤジール将軍がまともに当ってくる想定もしてありますし、その際は悲惨な状況が向こうに待ってるだけです。将来を考えると、ここでぶつかってきてくれる方が楽かもしれません。策は用意してありますし、心配せずにいて大丈夫です。」


 おおよその話は聞いているから心配はしていないが、できることならこちらにも向こうにも死者は出したくない。ヤジール将軍が早めに撤退してくれることを祈るばかりだ。


「じゃあ、俺はカリネリアに飛んで最後通牒を叩きつけてくる。その後は勝手に動くつもりだが連絡は必ず入れる。こっちは頼んだぞ?」


 ”了解しました。”と頷くアロンを置いて、俺はカリネリアへ行く前にフラキアの領主宅へ転移した。

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