41、ナミビア救出(その一)

 サロモン王国が誇るものは何かと尋ねられたら、俺は真っ先に衛生的な生活環境と必ず答える。


 建国当初は、入浴はおろか、排泄の処理ですら酷かった。

 亜人や魔族には衛生管理なんて概念は無かったのだから仕方ない。

 だが、今ではグランダノン大陸で随一の衛生的な環境を有し、それを維持する技術とモラルある国民の国と自負している。

 だからどこの国の貴族や士族であろうと招待して恥ずかしくはない。


 フラキアの領主は一度来たことがあるので驚きはしなかったが、奥様達は全員揃って驚いてた。どこへ行っても、汚さや臭さなど感じないのだからね。


 まあ、存分に見て頂きたい。

 泣きそうになるほど頑張ったラニエロの苦労も報われるというものだ。

 ラニエロ、ありがとう。

 君の努力のおかげだ。


 領主達の付き添いはうちの奥様達に任せ、俺は国内各地の状況を見て回っていた。特別な用がない場合、国内はスィールかリエッサと一緒に回ることが多い。今回はスィールと一緒。俺達は気にならなくても、ゴルゴンやリエッサのように魔族の特徴が判りやすい種族は国外では動きが制限される。いずれそういう不便さが無くなればいいのだが、今は気持ちはあっても現実的にはまだ辛い。


 そういうこともあって一緒に居る時間を国内に居るときくらい作ろうと思い、転移魔法は極力使わず、スィールかリエッサと飛竜かグリフォンで動くようにしてる。スィールもリエッサも国外にさほど関心無さそうなので気持ちは楽だ。


 子どもを生んでからのスィールは、以前と違って迫ってくる機会は減ったのだが、甘えてくる機会は増えた。手を繋ぎたがるし、二人で居ると俺から離れなくなった。見事に一日中くっついてる。やや低い体温のときなど、ひんやりした感触が気持ち良いんだ。


 俺と居るといつも手を繋いでるので、ゴルゴン達からはからかわれるらしいが、本人は嬉しそうにしてると聞く。結婚前まで持っていたゴルゴンへの冷たいイメージと異なり、可愛らしいところがけっこうある。


 例えば、熱いのは苦手のくせに、俺が熱めの湯が好きだと知ってるから、多少無理してでも熱めのお湯がある温泉へ行こうとする。俺はヌルくても構わないので熱いお湯を避けようとするのだが、熱めのお湯に一緒に入ろうとする。そういう時は、抱きかかえてヌルめのお湯の方へ移動する。すると、とても嬉しそうな顔する。ゴルゴンもお姫様だっこは好きなのかもね。


 感情の表現方法を知らなかったんだろうなと結婚後は思うようになった。リエッサにも同じようなところがある。女のみの種族って実は男慣れしてないから偏った表現になるだけで、他の種族と大きな違いはないのかもしれない。


 こういうのも結婚したから判ったこと。いろいろとプレッシャーかけられて結婚したように思うが、後悔したことは一度もないし、愛情もしっかりあるから、きっと周囲が正しかったのだろうな。


 国内視察をフラキア領主達が帰る日までに終えて、俺とスィールは家に戻る。

 家に戻ると、ミズラが”ご帰宅を待ってました”とちょっと深刻そうな顔をしていた。


「どうかした?」


「実はナミビアはあなたの言いつけを守って美学の書籍で学んでいたらしいのですが、アルベールが書籍の内容に興奮した上に暴走してしまって」


 ナミビアの夫アルベールはあの書籍の画像を目にして興奮してしまったのだという。こう言っちゃうと、ませガキがエロ雑誌の画像見て興奮したように聞こえてしまうかもしれないが、もちろんそうじゃない。


 ローマ帝国やルネサンス、そして近代美術の画像を見て、カリネリアの文化や芸術への接し方に疑問を持ち始め、カリネリア自治領主マクシム・コウトニクと言い争ったのだという。


 そしてそのような考え方をどこで覚えたと怒ったマクシムがナミビアのところにあった美学の書籍を見つけてしまい、”悪の書籍を持ち込んだナミビアと、それに毒されたアルベールは考えを改めるまで謹慎”ということになったらしい。


 ナミビアが思念伝達のペンダントを使って、フラキアにいるうちのエージェントへ報告し、その状況がミズラへ伝わった。そして現在、ではどうしよう? という状況だという。


 ”ハッハッハッハッハ、そんなもん喧嘩だ喧嘩だ~”と俺の脳内ではカリネリア領主との論争は決まった。


「この件は俺に責任がありますから、皆さんを送ったあと早速行ってきます」


 カリネリアには俺の他にベアトリーチェとミズラに同行して貰う。

 ミズラはナミビアの姉として、ベアトリーチェには結界と治癒や回復魔法が必要になった場合に備えて。


 領主たちの荷物をフラキアへ転送し、その後、全員連れて転移した。


 フラキアに到着後、領主にナミビアの処遇についてはゼギアスに一任するという委任状を書いて貰う。書状をミズラに預け、俺はベアトリーチェとミズラの三名でカリネリアまで転移した。



 自治領主の館に着いて、門のノッカーを叩く。

 館から出てきた侍従へ


「私はナミビアの姉ミズラ。突然の訪問お許し下さい。ナミビアに会うため参りました。時間は少しでも構いませんのでお願い致します」


 ミズラが用件を伝える。

 侍従は主人に確認してくると言って館へ戻っていく。


 まあ、断られるだろう。

 それでいいのだ。訪問の目的は、領内にナミビアを訪問してきた者が居ると知らせるためなのだから。


 予想通り、戻ってきた侍従は”ナミビア様はお留守のようです。”と答える。

 ”ではしばらく領地内におりますので、ナミビアが戻ったらお伝え下さい”とミズラは伝言を依頼し、俺達は領主の館から去る。


 さて、これからが本番だ。

 ●ラ、ワクワクするぞ!


 フラキア領主から聞いたのだが、カリネリアは金の産地で、鉱山では亜人や魔族の奴隷に作業させている。金を売った利益で、領内の文化人や芸術家のパトロンやってる。その話を聞いた時から、奴隷達を解放して、この自治領を混乱させてやると決めている。まあ、ナミビアを解放してからの話だけどね。


 とりあえず……、


「しかし、この街は本当に文化芸術の街なのかねえ~何もかも同じでつまらんな~。古臭いものしかないし、この街の外では誰も認めないんじゃないか?」


 ”おい!そこのあんたもそうは思わないか?”と言いながら、西洋美術史の本から複製してきた画像を見せ”やっぱさ~いろんな芸術があるんだよな~、な? そうは思わないか?”と、芸術家風の人達に見せて歩いた。


 さすがに腐っても鯛……じゃない、こんなところに居ても芸術家だよね。

 この人達が画家なのか、建築家なのかは判らんけども。

 俺が見せた画像にはしっかり反応してる。

 かなり食いついてきた人も居た。


 そんなことを一時間ほど続けていたら、守備兵か警備兵か知らんけど十人程度ぞろぞろとやってきた。


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