41、ナミビア救出(その二)
「おい! そこで何をしている。風紀を乱す者がいると通報があった。職権に従って連行する」
先頭の兵が俺を連れていこうとする。ベアトリーチェとミズラは俺から離れたところにいる。連絡は思念伝達用ネックレスを身に着けてもらってるから問題はない。
「風紀って何?」
「この街のルールだ。」
「んー、この街には無い芸術を紹介してまわるとこの街のルールに引っかかるの? マジで? そんなこと誰も言わなかったけど?」
俺はズンッと兵達の前に進む。
何も悪いことはしていないという態度をありありと見せて。
「……と……とにかく来い!領主様が直々に裁くだろう」
「へ? あんたには悪いが嫌だよ。用があるなら自分でここに来いって言ってよ?」
力づくで連れて行こうとするが、俺は動かない。
魔法で拘束しようともしてくるが、俺を拘束などできない。
その間も、俺は大声を出していた。
「この街では理由も不明なまま逮捕するんだってさ~」
「街の外にある芸術紹介しただけで逮捕だってよ? スゲェ街だな?」
ついでに手に持っていた画像のチラシもばら撒く。
三百枚程度しかないが、興味のある人は拾っていくし、拾えなかった人も誰かから見せてもらうだろう。だって、この街にはない彼らが興味を持つだろう情報なのだから。
煽る時は下品にそして徹底的にやる。
こういうのは上品にやってもダメ。
注目されてこそ効果が出るものだからね。
やがて派手な格好した輩が馬に乗って、兵に連れられてやって来た。
俺の前で馬から降り、
「お前のやってることは、文化と芸術を汚す行為だ。看過することはできん。この街からすぐ立ち去るなら許す。だがこのままで居るというのなら処罰する」
俺を見上げながら、きっぱりと言う。
確かに威厳はあるね。でもそんな脅しには屈しない。
「文化と芸術を汚す行為ってどこが? この街には見られない芸術を紹介することがかい?」
「そうだ」
「どうして?」
「神がそう決められたのだ」
「はあ? あんたの言う芸術って神様に決めて貰うものなのかい?」
エルザークが聞いたら苦笑するだろうな。
うちの神竜は食事時以外はどこに居るのか判らん。
食事時になるとリエラの料理を食べるためだけに家に戻ってくる。
放浪癖のある飼い犬みたいだ。
「そうだ」
「これは馬鹿と話しても時間の無駄なようだ。誰も評価しないけど神が評価すればそれが芸術だって言うのかい?」
「そうだ」
「つまりだ。この街の芸術家は観た人の誰にも評価されないけど、神さまが評価してくださるだろうという嘘っぱちを信じて芸術まがいをやってるのか?」
「嘘っぱちという暴言は取り消せ」
この領主は筋金入りだ。
何がこの領主を支えているのか判らないが、ここまで顔色一つ変えない。
ある意味で感心する奴だとは思う。
「嘘を言ってるのはあんたじゃないか。俺には取り消す理由がない。いいか? 芸術ってのは神様のものじゃない。表現する人とそれを観た人の感動が生み出すものだ。誰も感動させられないものは芸術じゃない。そんなもの作ってる奴も芸術家じゃない」
「こいつを取り押さえろ。」
俺がいい終えると、領主は周囲の兵に命令する。
兵達は俺を取り囲み、今にも捕らえに動こうとしてる。
「いいぜ? やれるならやってみろ。だがな俺はサロモン王国のゼギアス・デュランだ。喧嘩ならいつでも買うぜ?」
国と俺の名を聞いて領主の顔の色が初めて変わった。
リエンム神聖皇国との戦争で俺の悪名も広まったのかもしれない。
兵達にも動揺が見える。俺が本物かどうか迷ってるのだろう。
ま、この間に兵達を結界へ閉じ込めておく。
「お前がゼギアス・デュランである証拠があるのか?」
俺はベアトリーチェとミズラを呼ぶ。
「お久しぶりですね。マクシム領主」
ミズラが自治領主に笑顔を見せて優雅にスカートを持ち上げて挨拶する。
「貴女はフラキア自治領主の……ミズラ・シャルバネス殿。何でこの男と?」
「私は今、ミズラ・デュランと名乗っております。お間違えの無いよう」
「……つまり、この男は本物のゼギアス・デュランだと?」
ミズラの言葉を理解したようだ。
「ええ、正真正銘のゼギアス・デュランですわ」
ニッコリと微笑むミズラの言葉が終わるのを待って
「これが証拠だ。納得したか?」
「……我が領地をどうするつもりだ」
「俺の国が目指してるモノは知ってるか?」
「……亜人と魔族の奴隷からの解放」
知っているが口には出したくない様子がはっきりと判る。
口に出したら、そこで自分の運命が決まってしまうと判ってるようだ。
「ああ、そうだ。じゃあ、俺がこれからやることは判るよな?」
「ま……ま……待ってくれ。そ、それでは領地が成り立たぬ」
「そんなもん知った事か。せいぜい誰にも評価されない芸術とやらに精を出せよ。そして神様にでも褒めて貰うんだな。あんたが言う通り神があんたのガラクタを評価してくれるなら買ってくれるかもしれないぜ?」
俺が聞く耳を持たないと知って、ミズラへ顔を向けた。
必死に、縋り付くような声を視線で、
「ミズラ殿、貴女からも止めてもらえるよう頼んで貰えぬか?貴女の妹ナミビアはアルベールのところへ嫁いでいるのだし……頼む」
「ナミビアはお留守でしたよね? どこに居るのかしら?」
「……や……館にアルベールと一緒に居る」
「知ってるよ。謹慎させてるんだってな。妻の妹を。それもくだらない理由で」
目を丸くして驚いてる。
さっきまでのポーカーフェイスが崩れ、額に汗をかいている。
白髪交じりの茶色の髪が額に張り付いている。
青い瞳も揺れ動き動揺が現れてる。
「ナミビアを人質にでもするか? その場合は俺も一切我慢はしないし手加減もしない。というか、あんたをこの場で人質にする」
「妹夫婦に会わせていただけません?」
ミズラは落ち着いた表情で、でも瞳には怒りが混じった光を浮かべて領主に依頼の形をとった命令をする。
領主はそばに居た兵にナミビア達を連れてこいと命令した。
「一月だけ待ってやる。その間に奴隷を解放しろ。
俯いてる領主を一瞥し、兵達を包んでいた結界を解除する。
まあ、これで芸術の何たるかもさっぱり判らないくせに、格好つけてパトロンやってた領主もこれまでと同じ事はできなくなるだろう。
俺だって芸術を判ってるなんて言えない。
そんなことを口に出せるような度胸もない。
でも表現の自由のない場所を生み、そこで芸術を語るこの領主が大嫌いだった。
それだけで許せなかった。
多くの表現の中からほんの一握りの表現が、観る者に感動を与え、感動を与えた表現が芸術として評価されると俺は信じてるし、領主のやり様は様々な表現を生み出そうとしてる者達への、その苦悩や努力への冒涜だ。
まあいい、これでこの国の裏に居る奴らが出てくるしかないはずだ。
何せ金があるはずなのに、芸術家にばかり投資して軍事関係に投資してる様子がない。隣にジャムヒドゥンがあり、エドシルドに所属してる国はそれぞれ警戒して軍事に力を入れずにはいられないはず。なのに、ここにはその様子がない。
ということは、どこかの国か、組織がこの国の安全を保障しているはず。
今回、極端に安く使役できる奴隷を解放したから、少なくとも今までよりは高いコストで労働者を雇わなければならない。つまり、他所に流せたお金を労働者に支払うことになる。その金を受け取っていた国なり組織なりが動かないなら、さすがにここの領主も黙ってはいないだろう。いざという時のためにお金を流していたはずなのだから。
本当の敵は必ず出てくるだろう。
この国での争いはこれからなんだ。
ナミビアとアルベールが兵に連れられてやってきた。ナミビアの表情には”私上手くやったでしょ”という自慢気な色が浮かんでる。対照的に”何がどうしてこうなった”という不思議そうな顔のアルベール。
うん、ナミビアはアルベールに気づかれずに思念伝達を行ったらしい。
それでいい。あれはフラキア領主の身内しか知らずにいる方がいい。
近寄ってきたナミビアを抱き、その髪をミズラは撫でてる。
「それじゃあ、ナミビアとご主人のアルベールはこちらで預かる。そちらがこちらの要求を飲めばそれで終わる。飲まなければ実力行使する。期限は一月後だ。次に会うときには、もう少しまともな芸術を見せてくれると嬉しいが期待はしてない。じゃあな」
俺はミズラとナミビアの様子を微笑ましく眺めながら領主にこちらの意思を伝えた。
アルベールとナミビアには俺の手を、ベアトリーチェとミズラには俺の腕を掴ませて転移した。
「あの人数を連れて転移魔法が使える……聞きしに勝る化物のようだな。だが、ゼギアス・デュラン、この国をお前の好きにはさせない」
領主達が佇む場所を眺めながら、男は呟く。
カリネリア次期自治領主セドリック。
口端の片側をあげ、既に勝利を掴んでるかのように余裕ある態度で、ゼギアスが消えた場所を見つめている。
やがて柱の陰から消え、どこかへ去っていった。
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