40、慌ただしい日々(その三)

 カリネリア、フラキアの南側に隣接してる自治体。

 文化と芸術に力を入れてる、人口八万名の都市。


 ふむ、話を聞いた段階では、中世ミラノのようなイメージを持っていたのだが、うーん、古代ギリシャ? 古典古代?


 パルテノン神殿の柱、ドーリア式だったかな? あんな感じの柱が並んだ通り。

 それは一応は芸術的といえるかもしれないが、この都市への俺の印象は”遺跡”。

 まんま古代遺跡にしか見えん。


 古の文化や芸術は、もちろんそれはそれでいいと思う。

 人の価値観は大事にしなきゃいけないと思う。


 だけど、ひとかけらも進歩していないというか、ひたすら守旧というのはいかがなものか?


 だって地球で言えば、古代ギリシャは紀元前四~五世紀だよ?

 リエンム神聖皇国やジャムヒドゥン、オルダーンやザールート、隣国のフラキアはそろそろ五世紀以降、中世に至りそうな文明なんだよ?


 カリネリアだけ紀元前五世紀あたりってことないだろう。

 頑なに守旧にこだわってきたとしか思えん。 


 個人的には、オルダーンの領主宅の庭にあった魔除けの石像のほうが芸術的に感じるのだが、それは敢えて口にしないでおこう。


 俺の中では、カリネリアの名称は”遺跡”と同義となったことは言うまでもない。

 水門役のカリ●●トロの城がそのうち作られ、広い湖の下に隠される地域となれ。ルパ●●世に発見されるまで眠りにつけばいい。


 この時点で俺の脳内には嫌な予感が浮かんでる。


 この都市での芸術とは、古きものを古いままで理解し、そのまま保つために必要な技術なのではないだろうか?


 新たな視点とか新たな解釈や新たな技法など一切受け付けないダイアモンドより硬い馬鹿野郎どもの執念、進歩しないことが進歩と言い切る単なる無能な魂を称える心性を芸術を理解する資質と信じてるのではないだろうか?


 きっと詩は叙事詩で、劇は悲劇、デウスエクスマキナ、サイッコー! とか言っちゃうんだ(偏見)

 彫像は、大理石の裸体像に限る肉体美サイッコー! とか言っちゃうんだ(偏見)


 こことは深く関わり合っちゃいけない、俺とは感性が違いすぎる。


 ……俺は偏見の塊と化していた。


 街の入口で待っていると、ナミビアとナミビアに腕を預けた男性がこちらに近づいてくる。あの男性がきっとナミビアの夫アルベールに違いない。


 だが、彼も”遺跡”の住人だ。

 安心してはいけない。


 もしここが古代ギリシャと同じ感性ならば、若い少年への同性愛も成人の社会的義務として認められてるかもしれない。


 LGBTを差別するのは問題。

 異性愛であれ、同性愛であれ本人同士の理解と納得があるなら別にいい。周囲がウダウダ言うことではない。古代ギリシャでは社会的に認められていたのだから当人同士の理解も納得もあっただろう。


 ただねえ、古代ギリシャと同じ感覚ならば、愛は同性と育み、女性は子どもを生み、家事のための生き物という見方をしてる可能性が高い。もしそうならこの世界での一般的な感覚がどうあれ、個人的には嫌なんだよね。


 俺とミズラは、アルベール達と挨拶したあとナミビアの部屋まで案内してもらう。


 建物は外見石造りで、内装もほぼ石か煉瓦のようだ。

 やっぱ古代ギリシャか?


 ナミビアの部屋で、アルベールとナミビアの前に美学の書籍を出し、ナミビアには思念回析の指輪を渡して書籍を読むよう伝える。


「古代ギリシャ文化に関係するところだけしっかり覚えて、他のところは目も通さない方が良いかもしれない」


 ナミビアに俺の考えを伝えた。


 この街は変わらないことを重視しているように感じるし、ナミビアが求められてるのは、変わらないものと変わらないことへの美意識ではないかと。


 俺の考えが正しければ、ナミビアは下手にいろんなことを覚えない方が良い。


「ゼギアス様、ミズラ姉様、ありがとうございます。ご忠告はきっと守ります」


 ナミビアは俺とミズラに礼をする。


 これからフラキアへ行かなければならない、また来るからと別れを告げて俺とミズラはフラキアへ転移した。


 しかし、この時点では予想していなかったトラブルが後にカリネリアで起きてしまう。


◇◇◇◇◇◇


「また一緒に来てくれたのかい。」


 ミズラと領主夫婦が抱き合いながら一月ぶりの再会を喜んでいる。


「今しがた見てきましたが、ケーキと紅茶のアンテナショップも出来上がり、あとは始めるだけのようですね。開店の際には必ずミズラと来ます」


「ええ、私共みんなでお茶会で宣伝してるのですが、お店も紅茶も既に予約がたくさん入ってまして喜んでおります」


「価格は抑えてますからたくさんの人に購入してもらいたいですね」


「ええ、それでお店のことなんですけど、ケーキセットは一日限定二百食というのはどうしてでしょう?」


 アリアさんはもっと出したいのだろう。

 きっとお茶会での感触が相当良くて、予約が予想を大きく上回っているのだろう。

 オルダーンとザールートでも同じ状況だ。

 だがあちらはフルーツトマトや石鹸で限定販売で生じる混雑に慣れてる。


 俺も本当はもっと出したい。

 残念だが無理なんだ。


「そこはこちらの事情で、オルダーン、ザールート、そしてフラキアでお出しできるケーキが今のところそれで精一杯なんです。ケーキ職人が育ってくれば数は増やせますのでしばらくお待ち下さい。申し訳ありません」


 うちが求めるクオリティの商品を作れる職人の数がまったく足りないのだ。

 徐々に増えてるから近いうちに倍以上のケーキを販売できるだろう。


「いえいえ、そういうことでしたら、私共もお客様にお伝えできますので問題ありません」


「ええ、そうですとも。お茶会で紅茶の味に感動したお客様の口コミで、紅茶のみを購入する方も日に日に驚くほど増えてます。我が領地は紅茶の売れ行きが良いので問題ありません。オルダーンとザールートからも注文がたくさん入り、製造はいつもフル稼働です」


「これからもっと注文増えますよ。お嬢様達が宣伝してくれてるのですから、その地域からもこれからは注文が必ず入ります。こちらは来年以降を見越して茶の木の栽培に力を入れましょう」


「はい、お陰様で領民も定収が見込めるようになりつつあり、活気がでてきました」


 どうやらフラキアのどん底経済は持ち直しているようだ。

 あとは軌道に乗れば。


「それと、ティアラとナミビアのことですが」


 ミズラが二人の状況を説明し始めた。


「ですから、お父様とお母様には一度ティアラとケーダさんの様子を見ていただきたいのです」


「ああ、行くとも。ティアラが元気になったのなら、是非その様子を見てみたい」


「ええ、ケーダさんにも会ってみたいですしね。もし二人が一緒になるつもりなら私は反対しませんよ」


 あらま、アリアさんは家系に拘らない様子。

 ファアルドさんはまだ拘りがあるみたい。

 だが、この分なら強く反対はしないような気がする。

 だってティアラの元気になった様子を喜んでるからな。


「あと、ケイティさん、ゾフィーさんもご一緒できると良いのですが」


 俺は第二夫人と第三夫人にもうちの国を見てもらいたいと思っている。

 亜人や魔族への偏見を持つ人はまだまだ多い。

 一人でも多く、偏見を捨ててくれる人を増やしておきたい。

 いずれは娘さん達も全員招待したいと考えてるけど、今は領主と奥様達だけでも。


「ご迷惑でなければ、私共四人で伺わせていただきたいと思っていたのです。私があまりに褒めるものですから、ケイティもゾフィーも行きたいと希望していたのです」


 ならば話は早い。


 一週間分の旅行の用意をしてもらい、終わり次第連れていけます。

 俺がそう伝えると、領主は侍従長へ予定のキャンセルと一週間留守にするからと伝え、領主達四名の旅行の準備を指示していた。


 俺はベアトリーチェへ思念で連絡し、領主達四名の訪問予定を伝え部屋の用意をお願いした。

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