39、フラキアの状況と皇国との協定(その三)

 フラキアで一夜を過ごし、朝食を済ませたあと領主達に別れを告げ、ティアラを連れて俺とミズラは自宅へ転移した。


 家に戻ると、ベアトリーチェから”ジラールの子供達は全員受け入れ先が決まりました。ブリジッタへも連絡が済んでるので、明日からでも学校へ通う予定です”と、その他に必要な手続きも済ませたという報告があり一安心した。


 マリオンは”大丈夫よ、ダーリン。すぐに皆とも仲良くなるわ”と声をかけてくれたし、サエラやリエッサも心配は要らないと言ってくれた。


 早くそうなるといいなと思ったよ。


 それで皆にティアラの事情を大まかに話し、しばらくは我が家で休養のため滞在すると伝えた。ティアラのことはミズラに任せ、俺はヴァイスのところへ報告と今後のことについて打ち合わせに出かける。


 やっと完成した政務専用の建物は新築の匂いがする。

 ある程度年数を経た建物の人が利用してる匂いも嫌いではないし安心するが、新築の匂いというのは、どこか緊張感があってやる気が出る。


 ヴァイスの執務室に入ると、ヴァイスの他にシモーナも居た。


「ジラールの件、急な飛び入りの……それも大きな作業でいろいろ苦労をかけるがよろしく頼む」


 既存の街を修繕し変える作業は、そこに人が生活してるというだけで、街を新規に作るより大変だ。だから最初に謝罪しておいたほうが良いと思った。


「いえいえ、将来を見すえたならいつかは通ることです。今回はその練習と考えてます。そう考えると、ザールートの隣接地ですし、オルダーンからも遠くないのでやりやすい部類でしょう」


 ヴァイスはさほどの話しではないと言う。


「街そのものよりもジラールを中継地とする陸路の整備が多少頭が痛いですね。砂漠ではただ道路を通せばいいとはなりませんから」


 シモーナが、”ゼギアス様、いっその事砂漠全部魔法で固めてくれません?”と無茶振りしてきた。


 困ってるのは人の移動だそうだ。モノであれば、転送魔法を使える者をザールートとジラールに配置できる。だが、体力消費も魔法力消費も大きい転移魔法を使える者となるとデーモンとエルフにもそう多くはないから、常時配置することはできないのだそうだ。戦争が起きたりすれば当然そちらで動いて貰わなければならないし、一日に何度も使える者はゼギアスとサラを除くと居ない。


「スカイウォークというのがあるんだけどさ。要は地面からある程度高いところ……今回だったら地面から三メートルくらいの高さに目的地をつなぐ道路を作っていくんだ。道路に左右の傾斜をもたせて、砂が溜まらないようにすれば、何度も掃除しなくていいし、ある程度の距離ごとに休憩所を設ければそこで軽食や飲料水の補給もできる。どうだろう?」


「面白い案ですが、人手がかかりそうですね。でもその線で検討してみましょう」


 ヴァイスから暫定的お許しが出たので俺はホッとする。

 実作業で役に立てるか判らないので、せめて案だけでも出さないとね。


 ところで、とヴァイスが話し始める。


「リエンム神聖皇国なんですが……」


 亜人と魔族の奴隷を解放してから、サロモン王国とリエンム神聖皇国は戦争こそしていないが、終戦宣言もしてなければ休戦条約を結んだわけでもなく、不可侵条約を結んだわけでもない。要は、ずっと戦争状態のままである。


 だが、こちらには仕掛ける理由がなく、向こうも仕掛ける余裕がない。更に、双方ともに自分から声をかける気持ちがない。向こうから言ってくるなら受けてもいいという態度なのだ。


 リエンム神聖皇国は、亜人と魔族の奴隷を解放してやったのだから、今度がそっちが折れてこいよと思ってるだろう。だが俺は、人間であろうと奴隷を使ってる国に頭を下げるつもりも歩み寄るつもりもない。政治的にその態度はどうなのよ? と言われようとも譲るつもりはない。


 確かに建国宣言時に、亜人と魔族の奴隷を解放すると宣言したが、人間の奴隷は認めるなどと言ってないのだ。人間の奴隷を宣言に含まなかったのは、ジャムヒドゥンとリエンム神聖皇国の間に、我が国への温度差を作るためでしかない。そしてそれは上手くいった。


 本来なら、ジャムヒドゥンへの圧力をも高め、ジャムヒドゥンからも亜人と魔族の奴隷を解放し、その勢いに乗って奴隷制度をグランダノン大陸全土で廃止させたいくらいなのだ。


 だが、


「ここは次の目標をジャムヒドゥンに絞るためにも、リエンム神聖皇国とは休戦協定を結ぶべきです」


 ヴァイスは事あるごとにそう主張する。


 言いたいことは判る。

 二大国同時に相手しないようにしたいという気持ちは判る。

 戦略的にはヴァイスが正しいんだろうとも思ってる。


 だが、休戦協定の条件はどうする?

 俺は何も渡すつもりはないけど?


 だいたい異教徒大虐殺するような国だぞ?

 自分達の権力さえ守れれば、自国民であろうと人の命なんか何とも思っちゃいないんだ。

 そんな奴らが治めてる国と何を取引するって言うんだよ。


「ですが、今のままではジャムヒドゥンに対して軍事行動を起こせません」


 うーん、最近まではこう言われても何も困らなかったんだが、フラキアと協力関係を結んだ今は困る。フラキアをバックアップする程度の軍事行動なら今のままでもいい。だが、ジャムヒドゥンがフラキアへ侵攻した場合、それを排除し、その後の安全もとなると確かに今のままではリエンム神聖皇国に動かれると面倒だ。


「じゃあ、リエンム神聖皇国と我が国との間に非武装中立地域を、そうだな、幅十キロくらいで設ける。軍事境界線はサロモン王国側に多少食い込んでもいい。俺達は領土が欲しいわけじゃないからな。その程度で進められるなら、ヴァイスに任せるよ」


 ヴァイスは俺の条件でいいと頷き、交渉を始めると言った。

 何か不穏な動きがあったら、俺が出ると伝えておいた。


 そして数週間後に休戦協定を’文書’で交換することになった。

 条約じゃないんだから口約束でいいじゃんと思ったが、リエンム神聖皇国側は講和条約を望んでいたところを休戦協定でというこちらの主張に譲歩し、それならば文書で約束を取り交わしたいというところで落ち着いたらしい。


 まあ、それならば仕方がない。


 調印式には、サロモン王国代表は俺が、リエンム神聖皇国の代表は戦闘神官第二位のアンドレイであった。休戦協定に調印する際、


「あんたとはそのうち戦ってみたいものだ」


 挑戦的な目で俺を見てそう言った。


「今からやってもいいんだけど?」


 敵の重要な戦力が減らせるなら、今日のこの場を壊してもいいかなと思っていた。


「いや、別に殺し合いがしたいわけじゃねえ。俺はあんたにやられたトリスタンのような殺し好きじゃねぇんだ。純粋に戦ってみたいってだけさ。そう突っかかるなよ」


 目は挑戦的だし、言葉の端々からも好戦的な空気を感じるが、確かに殺気はない。


「そういうことなら、いつでも遊びに来るといい。命は保証してやるよ」


 フッと笑いながら、視線を下に落としアンドレイは協定文書に署名した。

 俺も署名し、アンドレイの方へ向いて


「それじゃあ、しばらくは宜しく頼む」


 と手を出すと、アンドレイは俺と握手し


「俺個人としちゃ、あんたのところとはずっと戦わないままでもいいんだがな」


「ほう? 変わってるな」


「ああ、俺はジャムヒドゥンには恨みはあるが、あんたのところには無いんでな」


「そうか、まあ、気が向いたら遊びに来いよ」


「ああ、気が向いたらな」


 調印式は終わった。


 まあ、アンドレイは面白そうな奴だった。

 それにイケメンじゃないってのが好感持てる。

 イケメンじゃない者の気持ちを語り合って、一晩や二晩、飲み明かせそうな気がするしな。


 リエンム神聖皇国との協定なんか嫌だったけど、アンドレイという面白そうな奴と知り合えたのは良かったかも。将来敵になったらその時は容赦するつもりはないが、今のところは好感持てる相手と知り合えて良かったと思うよ。

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