40、慌ただしい日々(その一)

 ラニエロは最近、顔を見かけるたび声をかけてきて、時には抱きついてくるドリス・デマーニを相当意識している。自分の周りには居なかった……ちょっと遊び慣れた感じに惹かれている。


 ラニエロのそんな様子をベアトリーチェから聞いて”真面目なまだ童貞の学生が遊び慣れた女性に構われてドキドキしてるようなもんだろうな”と俺は思っていた。


 数年前、金使いの荒い猫人のお姉さんや酒癖の悪い狐人のお姉さんに捕まりそうになってたゼギアスにはラニエロも言われたくないと思うけど、ゼギアスのラニエロ評は間違っていないだろうとは、サラ談。


 今では治療・回復・結界魔法を指導したり、新たな農業を指導研究する立場となった、ラニエロの元同僚マルティナは、”ラニエロはドリスさんのようなタイプを嫁に貰って世間を教えてもらった方がいいんです”と言っているらしい。ベアトリーチェの侍従侍女だった二人だが、マルティナのラニエロへの評価は厳しい。仕事に関しては認めてるようだが、それ以外のところはダメですねとも言ってたらしい。


 男性から見た男性と、女性から見た男性では評価が違うから、俺に言えることは何もない。


 そしてラニエロがドリスの手に落ちる日がやってくる。


「ゼギアス様。夫婦の契なんですが、ゼギアス様とベアトリーチェ様の時を真似しても宜しいでしょうか?」


 もちろん問題なし。


 エルフやドワーフなど亜人は結婚するし、魔族でもデーモンには結婚という習慣はある。だが、厳魔やアマソナス、ゴルゴンなどには結婚という習慣はもともとない。ゴルゴンとアマソナスはサロモン王国に属してから、結婚する者も出てきたが、従来のように子孫を作るために性的関係を異性と持つことはあっても、結婚という形で家を持つことは基本的にない。


 その辺りは当人同士で勝手にやってくれと思ってるので、特に問題が生じなければ現状のままでいいということになってる。


 ラニエロはエルフなので、正妻を持つ時には夫婦の契が必要になる。


 ドリスのラニエロへの態度を見ていると、結婚しないままでもいいんじゃねぇの? と思うのだが、ラニエロから求婚されて相当照れていたと聞いて、そんな可愛い所もあったのか!? と女性陣には聞かせられられないことを心の中でつぶやいた。


 そんなことを聞かれようものなら、


「女の気持ちが判っていない。苦労するわよ」


 忠告に見せかけた別の意図が含まれた言葉や、


「乙女心を判らないなんてサイッテー」


 ダイレクトな蔑みの視線と言葉が返ってくるに決まってる。


 そのような言葉を聞くと、俺のモテナイ男子メンタルが敏感に反応し、ちょっと凹んでしまうので自重するのだ。


 まあ、俺のドリス観などどうでもいい。


 俺が国を作ると決めてから、今日までずっと一緒に頑張ってくれたラニエロの結婚を祝わないわけはない。ベアトリーチェと相談して、ブラックウォールナットそっくりの高級感ある木材を使ったダイニングテーブルとダイニングチェアをプレゼントすると決めた。


 夫婦の契当日、ラニエロの両親の前で指輪交換する二人を見て、俺とベアトリーチェの時を思い出した。自分の時は恥ずかしかったものだが、目の前でドリスに跪くラニエロはなかなか格好いい。悔しいが、ラニエロはエルフらしくイケメンだしな。


 驚いたのは、ドリスが泣いていたこと。


 デヘヘヘヘ……オイシイ男捕まえたぜとでも笑っているかと思っていたが、ラニエロの横で大粒の涙を流していた。ラニエロの両親へも深々と挨拶しているドリスを見て、誰かと入れ替わってるんじゃないだろうな? とマジマジと見たのは、やはり誰にも内緒だ。


 まあ、いい夫婦の契だったのは間違いない。


 翌日から、政務館から走っていくラニエロに、”今日も頑張ってねー”と声をかけるドリスの姿はそれまでと一緒、今までは無言で手を振る程度だったのに、”おう!行ってくるねー”と……まだ照れてるようだが元気に答えるラニエロの姿が見られるようになった。


 うーん、セイランとライラも近いうちに結婚するみたいだし、サラはどうなのよ?


 しっかりし過ぎて、男が近づけないのではないかと心配してる。


 ベアトリーチェやマリオンに相談しても”サラ様はちゃんと考えてますよ””サラちゃんの心配するくらいなら、ダーリンは違うこと考えていたほうがいいわよん”と返ってくる。


 俺の知らないところでサラに男の影でもあるのか?


 まあ、確かに、俺の自慢の奥さん達と並んでいてもまったく見劣りしない魅力的な女性に育ったサラのことだから、言い寄る男の十人や二十人居てもおかしくないんだよな。


 だがしかし、これまで陰に日向に支えてくれたサラの幸せを願う俺としては、気にならないわけはない。

 いや気にして当然!

 義務と責任と愛情がごっちゃになった兄貴の熱い気持ちがおさまらない!


 そういうわけで、この件に関してはどうやら手伝ってくれそうもない妻達には相談せず、俺はこっそりサラの様子を伺う日々が始まった。


 様子伺い一日目


 外出なし。

 侍従以外の男性と面会なし。

 俺の子どもの相手で一日を終える。

 うん、六人も居れば大変だよね。

 でも、乳母も侍女も居るんだよ?


 様子伺い二日目


 外出なし。

 男性は侍従とセイランと面会。

 セイランとライラと絵本作りで一日を終える。

 うん、絵本のストーリーや文章考えるの楽しいけど大変だよね。

 でも、セイランとライラの邪魔になっちゃいけないよ?


 様子伺い三日目


 外出なし。

 侍従以外の男性と面会なし。

 リエラと共に料理のメニューを作成する。

 うん、料理のレシピ増えると嬉しいよね?

 でも、既に相当な数のレシピ覚えてるよね? 料理人にでもなるの?


 様子伺い四日目


 外出なし。

 侍従以外の男性と面会なし。

 俺の奥様達とガールズトークを楽しむ。特にサエラと。

 うん、女同士でしか話せないことあるよね。

 でも、一日中話すことそんなにあるの?


 かなり無理をして時間を作って、四日間サラの様子を伺って判ったことは……俺の妹は引きこもり気味で、相手の男は侍従かもしれないってことくらいだ。


 ……マジか!?


 この世界では自由恋愛の価値が低い。

 結婚も、親や家長が相手を探して申し込む。

 申し込むのは男側の場合もあれば女側の場合もある。


 女側から申し込む時は持参金が大変だとフラキアの領主は言ってたな。

 ミズラとの結婚が決まった時、かなり焦ってたもの。

 持参金なんか要らないと言っても心配してたし。


 恋愛結婚したら、それは親が探しても相手が見つからなかったと見られ、周囲からの評価は低いらしい。まあ、エルフを除くと、亜人や魔族はその辺どうでもいいらしいが。


 うーん、サラは俺が探してくるのを待ってるのかな?

 だが、あのサラに限って俺を頼るとは思えないんだよなあ。


 でも、もしそうだったら。


 俺は意を決してサラに直接話してみることにした。


「なあ、サラ。結婚相手が欲しかったらいつでも言ってくれ。俺がサラに似合いの男を絶対に探してくるからな」


 キョトンとした顔で俺をサラは見る。

 そして何かに気づいたようで急に笑いだして


「そうだったの、最近、お兄ちゃんが私の様子を心配そうに見てるから、何かあったのかと思ってたんだけど、私の結婚のこと考えてたのね?」


「……あ……ああ、そうだ」


「ラニエロやライラの様子見て、気になりだしたのね?」


「まあ、そうかもな」


「お兄ちゃんは、フラキアの……人間の慣習に影響されて、私達がデュラン族だということ忘れてるわよ?」


「ん?」


「私達は外見こそ人間と変わらないけれど亜人なのよ。そして私達の寿命は二百年ほどで、人間の年齢をもとに結婚適齢期を判断しちゃダメよ」


「ふむ、だがラニエロとかライラは……」


「それは相手が人間だからよ」


「つまり?」


「相手が人間だと相手の年齢を考えるとのんびりしてられないでしょ? だって人間は六十歳くらいで亡くなっちゃうのよ」


「それとサラがのんびりしてる理由がつながらないんだけど?」


「できることなら、私は同じペースで人生を共に歩める相手がいいのよ。もちろん、そうならないかもね。その時は私も早く結婚するかもしれないわ」


「んー、サラはまだ結婚したい相手が居ないから結婚していないだけで、結婚を考えてないわけではない、そういうことかな?」


「そうよ。結婚したい相手が見つかったら、お兄ちゃんにはちゃんと教えるから心配しなくていいわよ」


 まあ、サラが自分なりに考えて、結婚したい相手も居ないからというなら、俺が心配しても仕方ないか。


「お兄ちゃんも今のうちに覚悟しておかないと立ち直れなくなるわよ?」


「ん?」


「マリオンさんとミズラさんは人間なんだから、お兄ちゃんより早く年を取り、早く亡くなる可能性が高いんだから、先に居なくなって、長い残りの人生に耐えられそうもないなんてことにならないよう時間を大事にするのよ?」


「……そうだよな」


 サラに言われたようなこと、しっかりと考えたことはなかった。


 ……ヤバイ。

 想像しただけで気持ち暗くなってきた。


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