36、フラキア、そしてミズラ(その四)

 ミズラ・シャルバネスがサロモン王国に来てから一月が過ぎた。

 ゼギアス家に部屋を与えられ、自由にしていいからと言われたものの、どうしていいのか判らず毎日ベアトリーチェやリエラの手伝いをして過ごしている。


 そんなある日、


「ミズラさん、ちょっと宜しいでしょうか?」


 部屋へ戻ろうとしていたミズラをサラが呼び止めた。


 あら? 何か気に障るようなことしたかしら? と一瞬思い身がキュッと引き締まった。ゼギアスの妹の機嫌を損ねて、フラキアに損害を与えるのではと心配したのだが、サラの表情はどちらかといえば憂いがある感じで、ミズラを責めるような空気ではない。


「はい、構いません」


「ではミズラさんのお部屋でお話させてください」


 ミズラはサラを伴って部屋へ入る。

 ベッドに腰掛け、サラは机の前の椅子に座った。


「確認したいのですが、ミズラさんはフラキア自治領のためにサロモン王国へ移住されたのですよね?」


「はい、ゼギアス様もご存知だと思います。父が私とゼギアス様にそう言いましたから」


「そうですか、判りました。どうやら兄はその言葉の含みをまったく理解していないようです。肩身の狭い思いをさせてしまい申し訳ありません」


 サラが頭を下げるが、ミズラはいまいち理解していない。


「あの? サラ様がどうして謝られるのでしょうか?」


「ミズラさん、単刀直入に聞きますが、フラキアとサロモン王国の関係強化のために、兄のところへ嫁ぐ、もしくは兄のそばに居られる立場を求めて、こちらに来たのではありませんか?」


 確かにそうなのだが、そうだと言って良いものか。

 だが、隠していて、今の状態がずっと続いては父がいつまでも心配するだろう。


「はい」


「後で、兄と話します。そこに同席していただけますか?」


「ええ」


 それから一時間後。

 ゼギアスとサラ、そしてミズラの三名が居間のソファに座っている。


「お兄ちゃん。また悪い癖を出してるでしょ?」


「え? どうした?」


「ミズラさんを我が家に迎い入れたのに、何もしないのはどういうことなの?」


「何を怒ってるんだ?」


 ゼギアスはサラの勢いに呆気にとられている。


「ああ、もう焦れったい。サロモン王国とフラキア自治領は離れてるわよね?」


「そうだな」


「オルダーンやザールートと違って、何か起きた時、サロモン王国へ住民の避難なんて簡単にできないわよね?」


「ああ、遠いからな」


「そんな状態のフラキア自治領領主がお兄ちゃんと協力関係にあるわよね?」


「そうだ」


「万が一、お兄ちゃんがフラキア自治領を見捨てたらどうなる?」


「そんなことは絶対にしない」


 ゼギアスは身を乗り出してムキになってるかのように断言した。

 ミズラは、フラキアが見捨てられることはないのだと知り安心する。


「判ってるわよ。私達は判ってる。でもフラキア自治領主はお兄ちゃんとはまだ深くも長くも付き合いないわよね? 信用したくてもどこかで心配しちゃうわよね?」


「そりゃ仕方ないよな」


「じゃあ、ミズラさんをサロモン王国へどういう気持ちで送ったか考えてみたら?」


「俺との間に縁を作るため……かな?」


「そうよ、その通りよ。なのに、ミズラさんを王妃にも愛人にもしないまま一月も放っておいてるってどういうことよ?」


「え? でも、俺は約束を必ず守ると……、そのうち判ってくれるでしょ?」


「それはそうよ。でもね、だったら何故ミズラさんをサロモン王国へ、我が家へ受け入れたのよ?」


「ん? ああ……ああああ……」


「やっと判ったようね。フラキア自治領主はミズラさんをお兄ちゃんが王妃や側室などにするものとして受け入れたと思ってるわよ。ミズラさんだってそうよ?」


「つまり、俺以外は皆、ミズラさんを王妃なり愛人なりにいつするのかと心配している状況だと」


「その通りよ。いい? お兄ちゃんはもう国王なの。政治的な結婚だって状況次第では受け入れなければならないの。いつまでも感情重視の結婚に拘れる立場じゃないの。それに政治的結婚だっていいじゃない。ちゃんと大事にすればいいのよ」


「……」


「だいたい、ミズラさんのこと嫌いじゃないんでしょ? お兄ちゃんが大好きなタイプですもの。スタイルもいいし、美人だし、賢いし、政治的結婚だとしても何か文句でもあるの?」


「いや、無いけど」


 うん、文句なんかまったくない。

 お願いして、傍にいて欲しいくらいだ。


 ゼギアスは、サラの話が既に結婚に限定されてることに”おかしい”と思っているのだが、何か言っても聞いてもらえず、ただ説教が長くなるだけと諦めて聞いている。


「やっぱりそうだったんだわ。まぁた変な拘りで、ミズラさんのこと見て見ないようにしてたんでしょ」


「……」


「いい? お兄ちゃんの前世での常識はこの世界では邪魔なこともあるの。その一つがお兄ちゃんにとっては婚姻。そりゃ私だってお相手の女性に問題があるなら、お兄ちゃんのその常識を理由に断るわよ。それじゃ判ったわね?」


「んー、ミズラさんを王妃にするってことだよね?」


 ミズラは、愛人でも構わないと思っていたのだが、まあ、王妃のほうがいいわよねと黙って聞いている。しかし、ゼギアスが妹のサラには弱いと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。なんか面白い。


「そうよ? 不満があるの?」


「いや、無いけど……、やっぱり……、その……」


「困ったものね。早く奴隷制度をこの大陸から無くして、優しくて綺麗な奥さん達とハーレムライフ送りたいんでしょ?」


「グッ! ……それは誰から……?」


「エルザークから教えてもらったわ。オスらしくていいじゃないかと大笑いしてたわよ」


「……」


 エルザークめ、余計なことを。


「お兄ちゃんはまた一人素敵な王妃を迎えられて嬉しい。フラキア自治領主はお兄ちゃんと関係強化できて安心。ミズラさんはサロモン王国での立ち位置を確保できてやはり安心。お兄ちゃんの変な拘りさえなければどこにも問題ないのよ。ベアトリーチェさん達にも一応は聞いてみたけど、私と同じ意見だったわ」


「リーチェ達もか」


 まあ、そうだとは思う。ベアトリーチェは俺が愛人作るものだという想定で動いてるし、マリオン達だって俺が今以上に王妃を増やすのは当然のように言うものなあ。


「いい加減にしてほしいわよ。そろそろ大人になってちょうだい。ミズラさん、こんなガキな兄でごめんなさい。宜しくお願いしますね」


「い……いえ……こちらこそ」


 ミズラは王妃になると決まってしまったようだ。

 ミズラは望めるうちで最良の結果になったので不満はまったくない。


 ゼギアスは他の王妃達とも仲良くやってる。その様子を見ると全員を大事にしてるのだろうと想像できる。これまでの一月もミズラに優しかったし、きっとこれからも優しいのだろう。ゼギアスの妃になることに不安はない。


 それにしても、二重エージェントしていたことがバレて、サロモン王国への移住が決まった時は、奴隷にはされないにしても、ぞんざいな扱いされると思っていたのだが、蓋を開いたら第六王妃になるという。

 ほんと人生って判らないものね。

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