36、フラキア、そしてミズラ(その三)

「…………つまり、フラキアはサロモン王国と手を組んだということか」


「ええ、そうなるわ。でもフラキアにしたら仕方ないんじゃなくて? そうなるよう貴方が仕向けたようなものですものね」


 一組の男女が、ベッドの上で裸体で横たわってる。

 女が男の胸に頭を乗せ、男の胸に手を置いている。


「いや、サロモン王国が出て来るとはまったく予想していなかった。フラキアが我に泣きついてくるよう仕向け、エドシルド内の毒になって貰うつもりだったんだが計画が狂った」


「まあ、いいわ。そういうことなので私が貴方と逢えるのもこれが最後になるわね」


 男が顔を横に向け、女の顔を鋭い視線で見つめる。


「サロモン王国側からの監視が入るというわけか?」


「そうよ。身辺調査されてる最中なの。今日だって危ない橋渡ってるんだから感謝してよね」


 男の視線が少しだけ鋭さを弱める。


「その分の報酬は上乗せする。それでお前はこれからどうする」


「フラキアに戻されるか、いえ、サロモン王国へ行くことになるんじゃないかしら」


「そうか。サロモン王国の情報を手に入れて我のところに戻って来る気はないか?」


 表情を変えずに男は言うが、女はクスッと笑って淫らな表情を作る。


「あら、欲しいのは私じゃなく情報ってわけね」


「……両方だ」


 見抜かれた男は顔を天井に向け、表情のちょっとした変化を女から隠す。


「……貴方は贅沢させてくれたし、夜の方も素敵だった。でも、止しておくわ」


「何故だ」


「今までは、フラキアにもメリットがあると思ったから貴方の協力もしていたけど、これからは違うようなんですもの。これでも私、フラキアを愛してるの」


「そうとも言い切れんぞ」


「何を言うかと思ったら。貴方の商会がここまで大きくなれたのは、グラン・ドルダのガウェイン様のおかげじゃない。なのに、テムル族のほうが儲けられるとなったら、テムル族のドルダをグラン・ドルダにしようと画策しているくせに」


 女は男から離れ、男に背を向けてベッドに座る。


「……」


「貴方にとってはグラン・ドルダも私も貴方の商会のための道具でしかないのでしょ? 貴方の商会を大きくするためのね。まあ、その野心的なところが貴方の魅力なんだけど。でももう終わりにしましょ。貴方はジャムヒドゥンを経済で操る。私はこの先サロモン王国国王の傍使えとして生きる。もう逢うことはないわ」


 男の方には顔を向けず、下着を身に着けながら女は話す。


「……」


「私を殺しても無駄よ? 私が帰らなかったら、貴方と今夜逢ってることはフラキアに報告されるのよ。それだけ判れば、貴方はフラキアとサロモン王国の敵になる。これからと言う時に騒ぎを起こしたくはないでしょ?」


 女は男の方へ振り向き微笑む。

 男は女の顔見て、これだからこの女は怖いと思っていた。


「……フフフフ……お前のそういう賢いところが我は好きだったんだがな。まあ良い。次にお前の名を聞く時は敵かもしれんな」


 男は初めて笑顔を見せ、視線を女から天井に移す。


「……敵に回らないとは約束できないわね。でも、これまでのことは誰にも言わないわよ。それだけは約束してあげる」


 着替え終わった女はベッドから立ち上がる。

 真紅の衣装が女の性格を現しているように見える。


「行くのか?」


「ええ、楽しかったわ。あまりオイタしちゃダメよ?これでも私、貴方のことも気に入ってたんだから」


 女は男の頬に唇を当て、名残惜しそうに離す。

 そして振り返らずに部屋を出ていった。


 女の香りがまだ残る部屋。

 ベッドに残された男は枕元から煙草を取り出し火を着けくわえた。


「サロモン王国か」


 男は煙とともにつぶやく。


「……我の邪魔はさせん」


 ジャルディーン一の大商会ラザードの会頭イサーク・アクダールは、その黒い瞳の先に初めてサロモン王国を見すえた。


◇◇◇◇◇◇


「お父様、お呼びですか」


 ジャルディーンから戻ったミズラ・シャルバネス。

 七歳の時に、将来が見込める美人としてファアルドに養女として引き取られた。


 その後、王族や貴族、士族が相手でも対応できるよう教養やマナーを身に着けさせられる。ウルス族の遠縁の家へ嫁いだが、最近、リエンム神聖皇国との戦争で夫を失い、この度実家の事情ということでフラキアへ呼び戻された。


 ミズラは、艶がありながらも品の良い顔立ちをしていて、手足は細く、胸とお尻はしっかりと主張するスタイルの女性。白い肌に黒い髪、そしてブラウンの瞳。


 ファアルドにとって、評価が高い手駒のうちでも上位三名に入る女性だ。


「うむ、イサークとの別れは済ませてきたか」


 一瞬顔が強張ったが、父ならば知っていても不思議はないかとミズラは諦める。


「ご存知でしたか……いつから?」


「お前がイサークと最後に逢った翌日だ。サロモン王国から伝えられた」


 ファアルドの声に冷たさは無いが、表情に柔らかさもない。


 ……そうか知られていたか。


「それで私は?」


「お前がイサークに話していたように、サロモン王国国王のゼギアス様に仕えよ」


 そう、あの時の会話も聞いていたのね。


「お咎めは?」


「特にはない。但し、お前の意思だけではここに二度と戻れないと覚悟してくれ」


「私の意思だけではといいますと?」


「ゼギアス様がお許しになれば戻っても構わないということだ」


 戻ってこれる可能性があるというのは良かったが、二度と戻れないと覚悟しろと言われてるのだから、ファアルドはミズラをもうフラキアには居ないものとして扱うつもりだ。


「ですが、戻ったところで私の居場所はないのでしょう?」


「そうだな。お前をゼギアス様へ差し上げるのだ」


 差し上げると言われてもミズラに動揺はない。

 夫が亡くならなければずっと嫁ぎ先で生活していたはず。

 単に、今度はゼギアスの意思に沿った立場になると言っているだけだ。

 それが妻でも側室でも愛人でも侍女でも何でもありということ。

 フラキアとの関係強化に繋がるならば立場には拘らないということだ。


「それは構いません。それがフラキアのためになるのなら、喜んで私はその方のものになりましょう」


 きっぱりとした表情でミズラはファアルドに意思を伝える。

 するとファアルドは顔を崩し、微笑みを浮かべ、優しい口調でミズラに話す。


「心配するな。行けば判るし、会えば判ることだが、ここやジャムヒドゥンに居るよりお前は幸せになれると私は思ってるのだ」


「お父様はサロモン王国へ?」


「ああ、行ってきた。もちろんお前ならばゼギアス様の役に立てるという理由もあるのだが、これまで苦労をかけたお前にはあそこで幸せになって欲しいとも考えて決めたのだ」


「本当に幸せになれる場所なのでしょうか?」


 世間では奴隷の国、蛮人の国と呼ばれてる。

 グランダノン大陸南部は未開の土地とも聞いている。

 そのような場所で幸せになれるのだろうかと疑問を抱いた。


「ああ、あそこに居れば、イサークから狙われる心配もない。亜人や魔族が多いところだから、雰囲気に慣れるまでは生活に多少違和感を感じるだろうが、人間も生活しているし、何よりも気持ちの温かいところだ。お前もきっと気に入ると思うぞ」


 ファアルドがこういうのだ、世間の噂とは違う場所なのだろう。


「ゼギアス様は私がしていたことをご存知なのでしょう? 私を信じてくださるかしら?」


 ミズラが、フラキアとイサークとの間で二重にエージェントを務めていたことを知ってるのだ。不信な者として遠ざけても不思議ではない。


「ハハハハハハ、大丈夫だ。既にお前をお認めになってくださってる」


「それはどうしてでしょう?」


「あの方から言ってきたのだよ。お前は確かにイサークにも情報を漏らしていたが、お前なりにフラキアのことを考え、フラキアが困ったときにはイサークを動かして金を貸し付けてもらえるようにとの理由があった。だから怒らずにいてやってくれとね」


「ゼギアス様は何故それを知っているのでしょう?」


 ミズラは心底驚いた。

 あの夜、自分がイサークに情報を漏らしていた理由など話していないはず。

 どこでそんなことを知ったのだろう。


「それは判らん。だが、お前の身を案じ、イサークの手の者も排除してくれたらしいぞ。不思議なお方だし、恐るべき力も持ってるが、優しい方だと思うぞ」


 そうか、既にフラキアの……いえ、私のために動いてくれていたのか。


「判りました。お父様のご指示通り、私の全てをゼギアス様に捧げて尽くしましょう。フラキアに捧げたのと同じく」


「ああ、ここには戻れぬかもしれんが、私も行くことが必ずこれからもある。再び会えないというわけではない」


 ミズラは数日後サロモン王国へ旅立った。

 サロモン王国から来たエルフとともにグリフォンの背に乗って。

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