36、フラキア、そしてミズラ(その二)
「ゼギアス様、ファアルド自治領主は誘いに乗りますかね?」
宿でモルドラは聞いてきた。
この男は感情を滅多に表に出さない。
まあ、もともと暗殺者だったというから当然か。
今も無表情で、声も平坦。
ぶっきら棒に見えるが、気を使わずに済むので、俺は付き合いやすい相手だ、
それに、イケメンじゃなく、ややイケメンだから付き合いやすい点がモルドラのいいところ。
「どうだろうな。ドリスの情報によれば、ファアルド自治領主は冷徹ではないけれど感情的でもない。程よく合理的な性格と言えばいいか……。それに、俺達はわざわざフラキアは我が国の傘下ですよだなんて言わない。誰かから聞かれたら、フラキアは友好関係を結んだ自治体の一つですよと、他にもザールートが友好関係にありますよと言うだけだ。だからフラキアの現状を考えれば、俺は乗ってくる確率が高いと思ってる」
「そうなると私も楽でいいんですが」
そうだろうな。情報機関作りに苦労しているらしいし。
大陸全土に張り巡らせた情報網なんて簡単にできるわけもないし。
「それにな、この自治体は俺達のために有ると思っている」
「それは?」
「この国には奴隷が居ない。たまたま奴隷を使ってまでやるほどの仕事も無いほど貧しい国だっただけだろうが、俺達が梃入れする理由としちゃ実はそれだけでもいいんだ」
そう。安く使える奴隷だが、住む場所も用意しなくてはならないし、食料も与えなければならない。
フラキアにはその力も無いのだ。
「なるほど」
「それより領主が乗ってきたら、ここには本国との連絡係が必要になる。その人選は済んでる?」
「はい、いつでもここに派遣できるよう整ってます」
「そうか」
・・・・・・
・・・
・
翌日、ファアルドはゼギアスの提案に乗ると予想通りの返事をしてきた。
フラキアの資源は人しか無い。
つまりはフラキアの資源である人を買ってくれる相手としか取引できない自治体とファアルドは悟った。
この考えに行き着くまで、ファアルドは悩み、やはりエドシルドとの関係を重視すべきではないかと思ったこともあった。だが、フラキアを縁戚関係のある厄介な自治体としか見ていない相手とはいつか破綻する。今しばらく持ちこたえてもフラキアは必ず潰れてしまう。
サロモン王国はフラキアの人を買って、更にその人を養う手段を提供すると言った。今後は多少形は変わっても、人を生み、人を育て、そして人でこの自治体の価値を生み出していけば、サロモン王国はフラキアを”買う”と、そして”投資する”と言ってるのだ。
現状のような窮地に、サロモン王国からフラキアに近寄り”買わせてくれ”と言ってきたことにファアルドは運命的なものを感じた。
「ゼギアス殿……いや、ゼギアス様、フラキアの未来を宜しくお願い致します」
ファアルドは深々と頭を下げた。
「それはこちらの台詞です。我が国の未来もフラキアにかかっているんです。こちらこそ宜しくお願い致します」
ゼギアスはファアルドの手を取って固く握手する。
◇◇◇◇◇◇
紅茶は製造自体は難しいものではない。
温度と湿度管理さえしっかりやれば必ず作れる。
あとはいろいろと試して、美味しい紅茶を追求するだけ。
緑茶ばかりが流通しているこの世界で紅茶を流行させるには何が必要か?
紅茶に合うケーキ類だと俺は思ってる。
手軽なところではパンケーキやクレープ。
ケーキのレシピはリエラが作ってくれる。
絶対美味しいに決まってる。
もうケーキと紅茶の美味しいチェーン店作ってしまうか?
俺の妄想上では可能だと言ってるが、やはりそこは慎重に少しづつ進めていこう。
オルダーンではマンゴーとメロンに続き、バナナやイチゴも栽培開始している。
小麦粉はザールートで様々な品種栽培してもいいし、サロモンで栽培してもいい。
生クリームなんかは畜産に力を入れてきた我が国国内で簡単に手に入る。
そしてサトウキビとバニラビーンズは我が国の亜熱帯地域で栽培開始しているから砂糖とバニラエッセンスも用意できる。重曹なんか既にあるしな。
そのうちアイスクリームも作って売るんだ。
しかし、フラキアが亜熱帯地域にあって良かったなあ。
地球でいうところのアッサム種……収穫量の多い茶の木を栽培できる。
フラキアの経済盛り立てて、うちとの関係を更に強化したい。
次作りたいのはカカオなんだが、我が国が利用可能な地域内では適した土地が見つかっていない。熱帯地域にある、協力関係築けそうな国や自治体募集中である。
おっと、こんなことばかり考えていたら大事なことを忘れてしまう。
フラキアの情報収集は、いわゆるハニートラップの系統だ。
異性のエージェントを利用した特定人物や地域情報の取得。
だが、エージェントはフラキア出身者ばかりなので、今後は他の地域出身者のエージェントを増やしていかねばならない。多分、現地でのスカウトになるだろう。その足がかりとして現在のエージェントには情報を集めて貰う。
また防諜体制も整えなければならない。
新たに移住して来た者のなかに敵のエージェントが居ないとは限らない。
人間はもちろん亜人だろうと魔族だろうと、違和感ある入出国者はチェックしなければならない。
ちなみに産業スパイはあまり心配していない。盗まれても真似できる類のものは、盗まれてもさほど痛くないからだ。我が国独自の技術は、二十一世紀の地球の技術で、古代から中世時代にかかった程度のこの世界の者に真似できるようなものではない。それでも見学者や旅行客が見ることのできる設備は限定してるし、結界も張って許可なき者は接することもできなくしてある。
国内の諜報は、マルファが今のところやってくれている。
デーモンがうろついていても国内なら目立たないしね。
だが、ここ数年で大幅に人口が増えたから、デーモンのジズー族を中心としたマルファの組織だけではチェック仕切れない。それにマルファには外交をいずれ任せたい。
各方面で人材が揃ってきたが、この方面ではまだまだ人手が足りない。
とは言え、誰でもというわけにはいかない部署なので地道に増やしていくしかない。とても焦れったいが仕方ない。
情報機関を急ピッチで整備し充実させる必要あるのがサロモン王国の現状。
フラキアと協力関係結べるようになって本当に助かった。
商品は短期間で揃えられるけど、エージェントは短期間では揃えられないからね。
だから、今回のサロモン王国とフラキアとの取引で得をしたのはサロモン王国だと思っている。
まあ、いつものように、協力相手にはけっして損はさせないよう努力しよう。
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