36、フラキア、そしてミズラ(その一)

 フラキアに入ったゼギアスは、まず地形と気温に湿度を調べ、次に山に入り幾つかの樹木を探した。薬草取りで山の探索にゼギアスは慣れているからこの手の仕事を嫌がらない。しばらく探索すると探していた樹木が見つかり、気温や湿度も予想通りだったことに、これならいけそうだと呟いた。土壌などの調査はまたの機会でもいいだろう。


 フラキア自治領主ファアルド・シャルバネスの館へ向かい、ゼギアスは門のノッカーを叩く。館から執事が出てきて、”どちら様でしょうか?”と問われる。その顔には予定外の訪問客に興味深そうは色が浮かんでいる。貧しい自治領だから訪問客は少ないのだろう。


「サロモン王国国王ゼギアス・デュランと言います。お約束もない突然の訪問お許し下さい。自治領主のファアルド・シャルバネス様はご在宅でしょうか?」


 本来なら一緒に来ているモルドラが話しかけるのが普通だろうが、面倒だし、国王と言ってもそんな大層なものじゃないしなと思い、自分自身で名と用件を告げた。執事は、門を開け、館内に案内し、”主人に確認して参ります。こちらで少々お待ち下さい”と言って二階へ上がっていく。


 俺とモルドラは黙って、館の内装を眺めながら待っている。

 古いが上品な調度品が館の持ち主の趣味を伺わせる。


 先程の執事が戻ってきて”ご案内します。こちらへどうぞ”と俺達を部屋へ先導し案内する。通された部屋には、五十代半ば風の男性がこちらを向いて立っていた。俺とモルドラはその男性の前まで進み立礼して挨拶をかわす。


「初めまして、サロモン王国国王ゼギアス・デュランと言います。お約束もなしに突然訪問いたしましたことお許しください。こちらは部下のモルドラと言います。宜しくお願いします」


「初めまして、私がフラキア自治領主のファアルド・シャルバネスです。遠くから良くお越しいただきました」


 自治領主に促されるままに、俺とモルドラは厚く丸い木製テーブル横の椅子に座る。


「私は腹芸は苦手なので、率直に話をさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


 俺が話を始めようとした矢先に、執事がお茶を持ってきた。

 早い、段取りが良いのだろう。


「ええ、どのようなお話かは判りませんが構いませんよ」


「ではお言葉に甘えて、フラキア自治領の苦境を抜け出すお手伝いと、取引について参りました」


 横で立礼しこの場を去ろうとしていた執事の動きが俺の言葉が耳に入ったのだろう、一瞬止まった。

 だが、すぐ動き出して去っていった。


「苦境といいますと?」


「幾つかございます」


 経済面での問題。

 安全保障的な問題。

 フラキアの双方の問題についてゼギアスが把握してる範囲で説明した。


「……よくお調べになってる。それで、我が自治領を助ける方法とは?」


「先に安全保障の方から、もしフラキア自治領が侵攻されそうな場合は、二つの方法を用います。相手が大国であった場合は、その後方を攻めるよう軍を動かし、フラキアには手出ししないよう勧告します。それでも止めない場合は、後方から攻めると同時に、こちらにも軍を送り撃退いたします。勧告と実力行使ですね」


「こちらにも軍を送ると言われますが、貴国はこの大陸の逆側にあり、時間的や距離的に無理なのでは?」


「いえ可能です。転移魔法をご存知ですか?」


「ええ、存じております」


「転移魔法を使って私がこちらに参ります」


「お一人で?」


 疑ってるとありありと判る表情をファアルドは浮かべてる。


「ええ、多分一人でしょう。まあ、あと一人か二人は一緒に来るかもしれませんが」


「それで侵攻してくる敵を撃退できると?」


「ええ、状況次第では殲滅します」


 不審そうな領主に対し、俺は何ほどのこともないことだと平然と言う。


「信じられませんな」


「そうですか、では、少しの間ここを離れる程度の時間はありますか?」


「ええ、今日は特に予定はありませんので」


「では失礼します。少々お付き合いください」


 俺は立ち上がり、モルドラと領主の手を掴み、海岸へ転移した。


「……これは……見事ですな」


 転移を終えるとファアルドは驚きを抑えて言った。


「これから、私の実力を少しだけお見せします。それを見ても私を信じられないというのであれば、私は領主様をお家にお送りしてそのまま帰国いたします」


 沖に、船やそれに類するモノが無いことを俺は確認する。


 俺は両手を下げたまま魔法力を手に溜める。

 魔法力を溜めてる手が赤く輝き出す。

 十分魔法力が溜まったとして、俺は両手を胸の高さまであげ交互に手を前に出す。


 フッ……フッ……フッ……


 俺の息とともに俺の手から続く赤い線が海上をまっすぐに走る。


 バシィ……バシィ……バシィ……


 どこまでも続く赤い線のあとには、波が跳ねる音と、海水が蒸発している白い煙が立ち上る。

 領主ファアルドの顔に水蒸気をたっぷり含んだ熱風があたっている。

 ファアルドは風が直接当たらないよう手で目を守り、しかし指の隙間から状況をしっかりと確認している。


「リエンム神聖皇国と戦った時は、向こうの戦闘神官を倒すのにここまで魔法力を使っていません。ハッタリだと思われるかもしれませんが事実です」


 ファアルドはゼギアスの力を見て、彼の言うことは多分事実だろうと感じた。

 ゼギアスは疲れた様子も全く見せていない。驚くべき体力と魔法力だ。

 これほどの力があり、まだ本気ではないというなら、確かに侵攻する敵を殲滅できるだろう。

 転移での移動と攻撃力を確認して、ゼギアスの話を聞いてみる価値はありそうだとファアルドは感じた。


「じゃあ、戻りましょうか」


 再び、モルドラと領主の手を掴みゼギアスは転移する。

 領主宅の先程通された部屋へ戻り、三名は椅子に座る。


「ゼギアス殿の力はよく判りました。では経済面の話というのをお聞かせ願いたい」


「はい、茶です。茶の木を栽培しましょう。あとは、浴湯剤ですね」


「茶? 茶なら各国で栽培しているのでわざわざフラキアから買うとは……」


「ええ、一般に流通してる茶と同じものであればそうですね」


「というと?」


「一般に流通してるお茶はお茶の葉を酸化発酵させていない緑茶ですが、フラキアでは酸化発酵させた紅茶を作ります」


 紅茶とはどういうものか、製法も含めてゼギアスは説明した。


「つまり、製法を変えるだけで味の種類を増やすことが可能なのです。この地の山には野生の茶の木がありましたから、あとは増やしていくだけです。紅茶や緑茶でも一般に流通していないお茶の製法は私共が協力いたします」


「ですが、どれほど売れるでしょうか?」


「そうですね。最初はそうでもないと思いますよ。ですが、私達はお茶よりも紅茶の方が美味しいと感じていただける手段を用いますので、徐々に需要は増えるでしょう。それにフラキアにはもう一つ栽培していただきます。こちらも既にこの地で確認しています」


「それは?」


「野生の菊、キンミズキ、ミョウガです。これらは浴湯剤になります。そしてこれらに関しては我が国が購入します」


「浴湯剤とは?」


「お風呂に入れて、何らかの効果を得る薬です。腰痛や神経痛の緩和とかそういった効果です」


「なるほど」


「ですから、お茶による利益が出るまでは、浴湯剤の利益で一息つけるでしょう」


「それで、貴国がわが自治領にそこまでしてくださる理由はなんでしょう?」


 うん、この疑問は当然だ。

 わざわざ遠く離れた土地まで来て、サロモン王国に利益のない話をするわけはない。


「ええ、ここからが本題です。フラキアが作り上げてきた情報収集ネットワークを我が国のためにも使わせていただきたい。つまり、フラキアに我が国の諜報を担う自治体になっていただきたいということです」


 ファアルドは答えに詰まった。

 ゼギアスが言っていることは、フラキアにサロモン王国の実質的傘下に入れということ。傘下に入り、サロモン王国の情報収集を手伝えば、フラキアの安全保障を担い経済協力すると言っている。


 だがこのことが公になれば、エドシルドへの参加条件である”宗主国を持たない”に抵触する可能性があり、最悪エドシルド参加自治体からの協力を失うことになる。


 ゼギアスが見せた力は欲しいし、経済協力も喉から手が出るほど欲しい。


 どうするか……。


「一晩考えさせていただきたい」


「ええ、構いませんよ」

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