35、ドリス・デマーニ(その一)

 エドシルドに加わっている自治体の一つにフラキアという自治体がある。

 フラキア自治領主ファアルド・シャルバネスは、他の国や自治領の領主や領主と親しい家へ、娘や領内で見つけた美人を自分の養子として育てて嫁がせる。地位の高いところと縁戚関係を結んでフラキアの安全を保ってきた。


 フラキアは貧しい国で、フラキアの商品は自治領主の娘とまで言われるほどで、領民を飢えさせないために縁戚関係を結んだ元首や貴族の助力が必要な自治体であった。貧しくとも自治体として生き残っているのは、ひとえに自治領主が……裕福で地位のある相手を選んで縁戚関係を結んで来たからである。各国の情報を詳細に調べ、近隣国の国内情勢を常時掴んで、勢いのある家に嫁がせてきた。近隣で最大国家ジャムヒドゥンの四士族のことは特に情報を掴むようあらゆる手を使っている。


 そのジャムヒドゥンの国内が荒れている情報は既に掴んでいた。ここでファアルドは困っていた。ジャムヒドゥン四士族のうち、現グラン・ドルダを担っているウルス族とダギ族には士族長の親しい家と縁戚関係を結んでいるが、テムル族とアザン族とは全く縁がなかった。


 そして現体制に不満を持つテムル族が、ジャムヒドゥンで最大の領地を持っている。

 四士族の結束はそうそう壊れるとは思わないが、もし壊れて、テムル族の姿勢に現在もっとも反発しているウルス族と争うことにでもなると、ウルス族と縁戚関係にあるフラキアにもとばっちりが来る可能性がある。


 たかが十万人程度の人口で、軍事力も経済力も乏しいフラキアは、何とかしてとばっちりを防がなければならない。


 今、新たに縁戚関係をテムル族と結ぼうにも、嫁に送り出せるような娘は居ない。エドシルドはジャムヒドゥンとは今は敵対関係に無いとはいえ、リエンム神聖皇国とジャムヒドゥンが戦争する前は、一触即発の状態までいったこともあるのだ。当時は、ウルス族との関係を利用して、エドシルドが戦争することになってもフラキアは中立と認めさせることができたが今回もうまくいくとは限らない。


 自治領主ファアルドは頭を悩ませていた。

 グランダノン大陸にフラキアの助けになる国は無いものか。

 一つだけあるのだが、そことも全く縁がない。


 サロモン王国。

 亜人と魔族の奴隷からの解放を掲げる国。

 リエンム神聖皇国との二度の争いに勝ち、リエンム神聖皇国に亜人と魔族の奴隷を解放させた国。


 フラキアとは離れてる国だが、フラキアに被害がおよびそうなとき、ジャムヒドゥンの背後を突いてくれるようなら頼る価値はある。しかし、それほどの支援を頼める関係になるには、フラキアが送り出した娘がサロモン王国の后にでもならないと無理だろう。


 だが、后を望めるほどどころか、送り出せる娘が全くいないのだからどうしようもない。代わりに差し出せるものがあればいいのだが、それも思いつかない。


 ファアルドは現状を打開する手を思いつかなかった。


◇◇◇◇◇◇


 ドリス・デマーニという女性が、ジャムヒドゥン現グラン・ドルダ、ガウェインが治める首都ジャルディーンに居た。


 彼女はもともとリエンム神聖皇国の生まれ。以前の戦争でジャムヒドゥンに占領された小さな村の出身。彼女は貧しい家の生まれであったが、可愛らしく賢かったためある商人の養女として引き取られた。


 商家で社会を学び、また自分の価値にも気づき、後世の高級娼婦の原型のような娼婦をやるようになった。要は金持ちのみを相手する娼婦である。


 彼女は商売柄、地位の高い者達の社会の情報をいくつも知っていた。彼女との寝物語で男達が話すのである。もちろん彼女はその情報を漏らしたりはしない。口が固いことも自分の価値であるとドリスは判っていた。


 ある時、ドリスのもとへ通う男の一人がプレゼントを持ってきた。

 ドリスのもとへ通う男達は皆ドリスからの愛を独り占めしたいと願い、様々なプレゼントを持ってくる。ドリスは”貴方を愛してるわ”と囁くが”貴方だけを愛してる”とはけっして言わない。ドリスの口から、ドリスが言わない言葉を言わせようと男達は知恵を絞って様々なプレゼントを持ってくるのである。


 絵画や装飾品を数多く手にしたが、ドリスは”そんなものよりお金よ”と口にはしないもののいつも思っている。ドリスの肖像画など一文の価値もない。装飾品にも下手にドリスへの愛を文字に刻んでいるため売却価値は低い。そんなもの要らないのだ。もう二度と貧乏にはなりたくない。ドリスはそのために世間から陰口たたかれようと今の商売しているのだ。


 そんな時に受け取ったプレゼントが石鹸であった。

 男の愛を手球にとる仕事をするドリスにとって、自分の体臭は重要な商品だった。だから世間と違って頻繁に入浴はするし、石鹸も極力匂いの少ないものを選んでいた。獣臭い女など魅力に欠けると、獣脂でできた石鹸を使用したあとは匂いがとれるまで水を浴びたりとドリスなりに気を使っているのだ。


 そんなドリスのところへ化粧用石鹸が、それも無臭のものと花の香りがするものの二種類の石鹸がガラスの箱に入れられてプレゼントされた。その石鹸の使用後、男達の反応が大きくに変わった。ドリスの肌に顔を埋め、ドリスなしでは安らぎを得られないといつまでもドリスから離れないのだ。


 ドリスにしても、何度も身体を洗わずに済む恩恵もさることながら、自分の身体から漂う香りに快感を覚えた。その石鹸にドリスは男達以上に心を奪われたのだ。


 その効果に、この石鹸が市場に出回ったら自分の客が減ると心配になった。石鹸はもともと高価だし、この香りの良い石鹸はさらに高価だろう。だが、自分の客層はまさに高価な石鹸を購入できる層なのだ。一般の人には手が出ないものでも、彼らには手が出る。当然、奥方や金持ちの娘達も手にすることができる。


 まだ広く出回っていないようだが、早く何か手を打たないと商売成り立たなくなるかもしれないとドリスは焦った。まず、ドリスがその石鹸をこれからも使い続けられるようにしておくこと、そして可能ならば、広く流通しないよう手を打つことだ。


 ドリスは石鹸をプレゼントしてくれた男から、石鹸をどこで手に入れたかを聞き出した。ドリスの住むジャルディーンから南方に遠く離れたザールートという自治領で手に入れたという。また、プレゼントしたものとは異なる香りの石鹸も売られていて、ドリスには一番高価な石鹸を買ってきたと自慢していた。


 ”ザールートへ行って確かめなければ”


 ドリスは商家の養子らしく、販売価格や量を調べなければと考える。

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