33、雄飛を目指して(その二)

 リエンム神聖皇国から亜人と魔族の奴隷は解放すると公式発表があった。

 皇都での発表をモルドラが伝えてきた。


 受け入れ体制はまったく整っていないが、解放された奴隷を受け入れないという選択はうちには無い。

 これは決定事項だ。


 しかし少々困ったのも確かだ。


 推定だが、およそ百五十万人の奴隷が一度に我が国に入国してくるのだ。

 とにかく一時入居施設を建てまくり、食料増産に勤しみ、ありったけの商品を売って、その金で他国から可能な限り食料買い付けなければならない。


 冬が来る前に受け入れ体制を整え、食料を確保しなければ……。


 国民を飢えさせないこと。

 国が果たさなければならないもっとも重要な責務。


 俺達はそれを果たさなければならない。


 宰相ヴァイスハイトは、


「奴隷を……亜人や魔族を解放するにしても、もう少し先……中核都市をあと一つ落とした辺りと予想してたのですが……」


 ……想像していたよりもリエンム神聖皇国が追い詰められているのか。

 ……我が国の状況を詳細に把握しているのか。

 ……それとも両方の理由が複合して決断させたのか。


 それは判らないが、はっきりしていることは、少なくとも軍事的には我が国はリエンム神聖皇国へ手出しできなくなったのです。


 ただ、どのような理由があろうと、社会のあり方を変えるときは十分に時間をかけて行わないと、国民の多くが対応できず不満を持つ。広がる社会不安はそれだけで国への脅威になりうる。まして、今まで搾取する側だった層を搾取される側に転換させるような政策を打つ時は、国民の多くが納得する理由だけでなく、多くの国民への利益がなければその政策は国民間に溝を作り、内乱の危険性を高め国を危うくする。


 リエンム神聖皇国がこの状況をどう乗り切ろうとするのか今のところ判らないが、リエンム神聖皇国は我が国とだけでなくジャムヒドゥンとの戦争どころではなくなる可能性が十分ある。我が国からの侵攻を止めるための政策が、自身の戦争継続能力を奪う可能性がある。


 「……ですから、ここ一~二年を乗り切れられれば……、我が国が再度体制を整えられれば、リエンム神聖皇国から奴隷制度を無くすための動きを強めることも可能になるでしょうし、次なる目標のジャムヒドゥンとの戦いにも乗り出せるでしょう。今しばらくは内政に集中できる環境が整ったと前向きに考えるべきです。時間が経過するごとに我が国の国力は増し、リエンム神聖皇国の国力が落ちるのは必然と考えます」


 この間に、各国の情報を集める諜報組織の充実に務めるべきだと、ヴァイスは締めくくった。


「我が国には数百万の移住者を楽に受け入れられる土地があり、食料生産も今まで足りなかった多くの労働力をこの度手に入れられるので、私もここ一~二年は、なりふり構わずに国民全員で国内整備に集中すれば大丈夫だろうと考えます。食料の購入資金は用意できますし、今後も手に入れられるでしょう。今から積極的に食料を買い付け、備蓄を増やせば、一~二年乗り切ることはそう難しくはないと思います」


 シモーネも財政面に不安はないと言う。


「……海産資源を活かしてみてはどうでしょう? 一年や二年で資源が危機に陥るとは思えません。今だけは乱獲になるでしょうが、国内の体制が落ち着いたら、数年は資源が回復するのを待つことにすれば、一時の乱獲も考慮に値しないのではないでしょうか? これまで慎重に水揚げ量を抑えてきましたが、こういう時は背に腹は変えられない。そう考えます」


 ”マーマンと人魚にはしばらく頑張って貰いましょう”とラニエロは言う。

 地引き網を用意すれば、漁に慣れない亜人達でも作業できる。

 マーマン達にも網を渡せばかなりの水揚げ量を期待できるだろう。


 ……この世界では遠洋での漁は行われていない。

 岸からさほど離れていない場所での沿岸漁業ばかりだ。


 ……船か……沖合での漁が可能な船が必要か。

 沿岸での漁の主力はマーマンと人魚、それに亜人達の地引き網に任せ、沖合は別途……。


 いけるかもしれない。

 いや、いける!


 逝っちゃダメだけど。


 あ、気持ちに余裕ができてきた。

 アホなこと考えられるようになってきたものな。


「よし、食料増産と購入はシモーネがしばらく担当してくれ。開発と漁業関係はラニエロで今まで通り。ドワーフにも船舶の建造を優先させる。諜報部門の整備と全体の調整はヴァイスが担当してくれ。あと、アロンと相談して兵士の中から土木建築作業に回せる人員を準備してくれ、守備要員を残して残りは全員のつもりくらいで頼む。何とか乗り切ろう」


 そして俺は早速国民にお願いしなければならない。


・・・・・・

・・・


「最初に……今日この場に来られない者達にも、皆の口からこれから話す俺の言葉を伝えて欲しい」


 エルザークの神殿前には大勢の仲間が集っている。

 首都にはおよそ二十万人が住んでいる。

 そこに近隣からも大勢集まっているから三十万人くらい集まってると思う。


「今日は皆にお願いしたいことがあって、この場を設けさせて貰った。……皆も聞いてると思うが、リエンム神聖皇国が俺達の同胞を解放すると発表した。これは俺達が戦い勝ち取った勝利だ。大陸全土を見れば、まだまだ奴隷のままの同胞は多い。だが、今回百五十万人ほどの同胞が解放されたことは間違いなく俺達の目標へ大きく進んだってことだ。それは間違いない」


 一拍置いて俺は続ける。


「だが、百五十万の同胞が一度に来ると、住居も食料も現状は十分とは言えない。だからこれから一~二年は、皆が飢えないよう、寒い思いをしないよう、多少無理をして貰うだろう。これは俺の見通しが甘かったから起きたことだ。すまない。だが、皆が力を貸してくれれば、解放された同胞を全員受け入れても、今の生活を守ることができるんだ。皆に頼む仕事は種類も量も増えるだろう。でも、来年は少し楽になるだろうし、再来年は更に楽になる。そこまで頑張れば、三年後以降はもっと多くの同胞を受け入れられるようになる。今も皆が頑張ってくれているのはよく判ってる。なのに仕事を増やすことになってすまない。だが俺に力を貸してくれ! 頼む。しばらくもう少し力を貸してくれ」


 頭を下げた俺を見守る数十万の視線。

 話の途中ではざわめきもあったが、話し終わった今はとても静かだ。


「ゼギアス様、何を謝っているのですか?」


 群衆の最前列に立つデーモンのジズー族族長のハメス、マルファの後を引き継いだハメスが不思議そうな声で聞いてきた。


「だって、せっかく皆が楽しそうに生活できるようになりつつあったのに、仕事を増やしてしまうじゃないか。自由にくつろげる時間は減るし、家族との時間も減らしてしまう。食べ物も量はあっても選べなくなる。申し訳ないと感じるよ」


「ですが、たかが一~二年程度でしょう? それも飢えの心配はない一~二年でしょう?」


「ああ、確かにそうだが……」


 群衆の中に笑い声が増えてる。

 俺、おかしいこと言ってるかな?


「この国のおかげで、我らは人間に使われるだけの存在ではなくなった。捕らえられて理由もなく殺されることもなくなった。ゼギアス様はこの国を守ろうと、強くしようと、同胞を助けようとするために数年だけもう少し頑張ってくれと言われたのです。全て我らのためです。頑張るなんて当たり前じゃないですか? ですからゼギアス様が何故我らに謝るのか判らないのです。そうだろう? 皆」


 観衆が無言で頷いている。

 俺を見守る皆の視線が温かくて、なんか……泣きそうになってきた。


「……ありがとう」


 鼻水をすすりながらやや俯いた俺の、ウルウルしてる様子は皆にはきっとバレてるだろう。恥ずかしいが溢れ出て来るんだから仕方ない。


「泣くな~ゼギアス様~!」


 あの声は、シャピロだな……皆が笑ってるじゃないか……畜生、あとでラミアの姉ちゃん数人の相手させてやる……。


 逃げられないぞ?

 ラミア族の尾に巻きつかれて乗られたらキッツイぞ。

 せいぜい搾り取られるがイイ……。

 俺は助けないからな。


「明日、皆のところにこれからお願いする仕事の中身が届くだろう。俺ももちろん頑張る。皆と一緒に頑張る。これから来る同胞にも安心して暮らしてもらえるよう、皆で頑張ろう!!」


 右手を突き上げて、俺は演説を終えた。

 観衆が歓声をあげ、俺と同じく拳を突き上げている。


 いい仲間だ。

 素敵な仲間たちだ。


 後は少しでも早いうちに皆が楽になる方策を考えるだけだ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る