33、雄飛を目指して(その三)

 方針が決まるとうちの国の動きは早い。

 開墾も進み、温室が立ち並び、各国からザールート経由で食料を買いまくり、千人収容できる体育館のような一時入居施設が首都から少し離れた場所にずらっと並んでいる。


 ドワーフ達は文句を言いながらも船の建造や各種処理施設の建築に忙しくしている。海岸では地引網を引く者達の姿が見られ、山では巨人達が鉱物を掘り、各種工房ではエルフや亜人達がガラスや陶器製品を生産しまくっている。


 この分だと、この冬が一番の山で、来春以降からは国内の食料自給率はあがり、二年はかかると思われた国内の整備が半年は早く終わりそうだとヴァイスとシモーナから報告が来ている。


 うん、順調だ。

 俺も他にやれることはと探してできることを可能な限りやっている。


 ……そして今、俺は遠洋に出ている。


 もちろんひとつなぎの財宝を探すためではない。

 財宝は食えないし、俺は海賊王になりたいわけでもない。


 クジラを探してるのだ。


 これまたホエールウォッチングしたいわけではない。

 どれほどデカイクジラでも、見てるだけじゃ腹は膨れないからな。


 マーマンから教えて貰ったのだが、遠洋に出るとクジラと頻繁に遭遇するらしい。

 でかいクジラを捕らえても陸まで運ぶのが大変だし、海中で食すにしても捌くのが一苦労だし、鮫を追い払うのも面倒だから、マーマン達はわざわざクジラを捕まえたりはしないのだそうだ。


 だが、一頭捕獲すればかなりの食料になるクジラは俺にとっては良い獲物にしか思えない。環境保護団体など居ないこの世界では捕鯨したところで騒ぎにはなるまい。それに捕鯨するのはこの冬だけだからな。ちょっと心が痛むが、我が国民のためだ、許せ。


 ということで遠洋に出ている。

 ちなみに船になど乗っていない。

 飛竜に俺一人だ。

 乗組員に危ない真似させたくないからな。


 それに船が走れなくなって燃やして海へ返すなんてことしたら、俺はきっと立ち直れない。二本足で走る人語を話すト●●イ以上に涙と涎を垂れ流して泣きわめく自信が俺にはある。


 だから飛竜でクジラを探し、魔法で全身を凍らせてから転送するんだ。


 ……フフフ、楽なものだ。


 転送先の我が国の海岸では、今か今かと俺が転送するクジラを待ち構えてる仲間たちが居る。クジラが現れると、皆で一斉に解体に動く。それは見事に統率された集団が役割どおりの動きを見せる。


 大鉈持った巨人族がある程度の大きさにザクザクと刻み、それを他の種族の仲間たちが配るサイズに小分けしていく。

 巨人族がクジラの前に立つと、マグロの解体を行う程度にしか見えず、何というか……クジラが小物になった気がして、俺としては少し寂しい。だが冬になると山や野で野生の動物を捕獲できる機会が減る。畜産もこれから生産量があがるという段階で、冬には肉食の機会が減る。まあ、備蓄はあるんで、三日に一度は口にできるんだが、育ち盛りの子供も、肉体労働に励む者も大勢居るからなあ。


 そんな中でクジラは貴重なタンパク質摂取源だ。

 俺の感傷など気にしていてはいけない。


 毎日十頭のクジラは、仲間の胃袋を温めてくれる。

 一頭で二千人以上が口にできるクジラ。


 今日こそはうちに回ってきてくれと、クジラを待つ者たちが我が国には二百万人近く居るんだ。身体を捻ってジャンピングするクジラを見ると、うほぉ~かっけええ! と感動するが、すまん、仲間の胃袋目がけてジャンピングしてくれ。


 冬はクジラに限る……ククク、冬鯨……そんな季語はないはずだが、この寒空にクジラを見るとついそうつぶやいてしまう。


 しかし何だな、冬の海ってのはどうしてか前世日本人の俺に演歌を歌わせる。

 飛竜に乗って演歌を歌う俺。

 演歌歌いながらクジラに魔法をかける俺。


 うん、危なそうな人かもしれない。

 妻達には見せられない姿のように思える。


 ……お! 居た!


 飛竜を近づけてクジラに飛び乗り、即凍らせてそのまま転送する。

 全ては一瞬だ。

 フンッ! ハッ! てな感じで終わる作業だ。


 そしてこの作業に慣れた俺は、転送すると同時に宙に飛び上がり、再び飛竜の上で演歌を歌い出す。職人の域だ……捕鯨職人……国王クビになったら、この仕事もいいかも。


 最近、捕鯨が癖になりつつある。

 かなり楽しい。

 調子にのって……捕りすぎないよう、間違って小さなサイズのクジラ捕らないよう、凍らせる時巨人族ですら切れないほど凍らせることのないよう気をつけなければならないほど楽しい。


 その上、仲間は大喜びするんだから、もう言うこと無い。


 捕鯨サイッコーでーす!


 さて、アホなことばかり考えていないで、あと二頭ほど捕らえて帰るとするか……。


◇◇◇◇◇◇


 この冬の間にベアトリーチェとマリオンの二人の懐妊が判り、夏にはベアトリーチェとの子、秋にはマリオンとの子が生まれる予定だ。そう二人の子の父親になる。


 お兄ちゃんが父親になるのねえと感慨深そうな、それでいてとっても心配そうな声でサラが言う。


 幼い頃から、俺の心配してくれて、世話してくれて、いつもそばに居てくれたサラ。実年齢を考えるととても賢くて、修羅場をこなす度胸も備えていて、大きな力を持っていても無闇に使わない分別ももっていて、けっして美男子とは口が裂けても言えない俺と違って、清冽な水を思わせるような瞳の力と年齢相応な可愛らしさを備えた美しい女性に育った俺の自慢の妹は、俺のことが相変わらず不安らしい。


 うん、お母さんだね。


 そんなこと言ったら殴られるから口には出さないけど、サラは幾つになっても子供を心配するお母さんのようだ。


「ま、ベアトリーチェさんとマリオンさんの子だから心配ないか……」


 うーん、それはどういうことかなあ?


 ベアトリーチェに関しちゃ特に反論しないけど、俺とマリオンの子だよ? エロい子供が生まれてきて、周囲を不安にさせる子に育っても、それって自然でしょ? と親の俺は既に覚悟してるんだが、サラからするとそうではないと?


 何かとても腑に落ちないが、ここで二十歳の男が見せるような強がりは言わない。

 数知れぬ転生経験はこういう時に活かすもんだ。

 転生経験たいしたことねぇなあとか俺の内なる声が聞えるがいいんだ。


 大事なのは過去ではない、今だ!!

 現在が大事なんだ!!!


 現在が大事な俺は


「そうだね。リーチェとマリオンが母親だから大丈夫か、俺も気をつけるし……」


 サラに余計な刺激を与えないよう気をつける。


 まあ、兄の威厳なんてそんな不自由なものは十年前には捨て去ってるからいいんだ。今は妹に心配されないよう振る舞う。


 だが、そんな俺の考えなど見通してるかのように、本当に判ってるのかしら? という信用していない目でサラは俺を見てる。


 この状況では”●●の信じる俺を信じろ!”だなんて言えない。

 言ってみたいけど言えない。


 それは今後の課題にして、無言で微笑んで”安心しろ!”と思いを込めた目でサラの視線に応えるだけにしておく。


 こんなやり取りがサラとの間にあったが、周囲は大喜びしてくれてる。


 ベアトリーチェの家族は、性別もまだ判らない子のためにエルフに伝わる子供が健康で丈夫に育つよう願いを込めた産着だのお守りだのを用意し始めてる。まだ早いのにと思いながらも喜んでくれる家族を見るのは少し恥ずかしいけど嬉しい。


 一方、こちらは別の意味で恥ずかしい。


 マリオンの周囲にはメモ帳持ったスィールとリエッサがしばしば居て、マリオン姉さんの子供を授かるテクニック講座なるものを神妙な面持ちで聞いている。内容があまりにもマリオンらしくて、他人には絶対に聞かせられない……というか聞かれたら、誰に怒られようと俺はしばらく家出する。


 ちなみにサエラは、


「私も早く子供欲しいです。主様はデュラン族だから……サキュバス初めてのサキュバス以外の子を産めるかもしれないし、サキュバス初めての男の子を産むことができるかもしれないんです」


 スィールとリエッサよりは可愛らしい願いを口にしている。


 そうだね。サキュバスもゴルゴン同様に女の子しか産まないんだったね。

 どの種族との間の子もデュラン族の特徴を備えて……人間と変わらない外見で生まれるデュラン族の血が勝つか、それともサキュバスとゴルゴンの血が勝つか、それは少し楽しみではある。ま、元気に生まれて育ってくれるなら、俺はどちらでもいい。


 考えてみると、デュラン族の子は必ずデュラン族の特徴を備えて生まれるのに、デュラン族がとても少ないのはどうしてなんだろう? 不思議だ。街中で石を投げたらデュラン族にあたる状況でも不思議じゃない気がする。


 子供をなかなか作れないとかそういった理由も俺自身の経験では感じない。だって一人の母から俺とサラが生まれたわけだし、俺もベアトリーチェとマリオンとの間に子ができたしな。そのうちサエラ達との間にも子供できる気がするし。


 まあ、デュラン族は呪われし一族と言われ、忌み嫌われてた時代も長かったらしいから、なかなかパートナーを見つけられずに亡くなった方も多かったのかもしれないな。いずれデュラン族についても調べてみたい。


 ベアトリーチェの喜び様が俺の想像よりかなり大きいのが気になって聞いた。


「私は正妻ですよ? やはり最初に子が欲しいじゃないですかあ。家督は最初の男の子が継げばいいので、それは私の子じゃなくても構わないのですが……」


 なるほど。鷹揚で細かいことは気にしないと思ってたけど、ベアトリーチェなりの拘りはあるんだな。そう思っていたら、その二月後にマリオンの懐妊が判って、この時のベアトリーチェはいつも通りの寛容でおおらかなベアトリーチェだったので安心した。


 順序が逆じゃなくて良かったなと思った。


 国民もベアトリーチェ達の懐妊を喜んでくれたし、早く子供をと雑談の際にはいつも匂わせていたヴァイスハイトも安心したようだから、王妃二人の懐妊は俺の想像よりも皆を安心させたようだ。


 ヴァイスの予想通り、リエンム神聖皇国は我がサロモン王国に手出ししてこないし、他からも特に動きはない。


 あと一年ほど頑張れば、国民の生活もリエンム神聖皇国の奴隷解放前までは戻れそうだ。増えた国民の中から欲しい人材も増え、数年後にはリエンム神聖皇国やジャムヒドゥンと正面から渡り合える国になるだろう。


 最も辛い予定だった冬を俺達は明るさを失わずに越えられそうだ。

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