32、幕間 ケーダとセイラン(その一)
ラニエロは、今日も泣いている。
日々、仕事が増えるだけでちっとも楽にならずに泣いている。
移住者や解放された奴隷達が、増え続けるからいつまで経っても仕事が減らない。
一時待機所も建てなければならないし、新居の用意もしなければならない。
その上、グランダノン大陸南部の各地をつなぐ道路も敷かなければならない。
我が国の特産品も売らなければならない。
原料や資材の用意、人員の配置などなどやることが多すぎる上に、対象の数字が日々変わるからである。
ラニエロが苦労しているのは、ひとえにゼギアスが前世での経験をもとに、”このくらいなら大丈夫だろ”と考えてるから。そのゼギアスの前世にあったパソコンも携帯も事務作業で使用していたツール類が全てこの世界にはないのにだ。意思伝達は魔法でできるし、装備品もあるから携帯がなくてもいいのだが、書類はどうにもならない。
せめて都市計画関係だけでも誰かに任せたいと何度もゼギアスとヴァイスに頼んだが、今だに担当は空いたまま。
”ピ●チのときにはヒーローが現れる”などとゼギアス様は意味不明なことを言ってたが、この二年ずっとピンチなのに……ヒーローって何だか知らないけれど、ヒーローどころか誰も現れない……嘘じゃないか。
そんなラニエロに光がさす。
そう、やっと一人……なんとか一人……人員が補充され、ラニエロの担当が一つ減ることとなった。
それも都市計画に続いて仕事量が多い部署、移住者管理にだ。
この部署はとにかく数字が変わる。
必要な食料を準備するだけでもかなりの手間がかかる。
健康状態の管理や子供達の学校の手配に希望職種と配置など、多くの作業があり、各種担当部署への引き継ぎもある。
愚痴は、この辺でやめておこう。
とにかく仕事が減るのだ。
毎日どこかで日向ぼっこしてることが多い……、自分用のお社をまだ諦めていない神様に感謝しよう。
◇◇◇◇◇◇
ケーダ・ガルージャ。
ザールート領主カレイズ・ガルージャの次男である。
カレイズはサロモン王国と実質的には同盟状態で表面的には中立の一地方都市状態のメリットを理解してはいた。ザールートへの侵攻が他国からあった場合、サロモン王国が協力してくれるというゼギアスの提案にも納得はしていた。
しかし、ふとオルダーンを見ると、領主の妹シモーナはサロモン王国で財務関係の責任ある立場に居て、領主の娘はオルダーンの治安責任者であるが、サロモン王国所属部隊長の出向という形。その上、オルダーンは人口千名にも満たない都市にも関わらず国としてサロモン王国から承認され同盟関係にある。
オルダーンと同様に経済的協力関係にあるとは言え、ザールートとサロモン王国との関係が薄い状態で危ういように領主には感じてしまう。
やはり誰かをサロモン王国へ送り、両国の関係を深化させなければならない。
だが、そちらで働かせてくれと言って働かせて貰えるものだろうか?
ゼギアスにストレートに言ったら、”え? いいの? 是非お願いします”と返ってくるのだけど、領主はサロモン王国がそこまで人材に困ってるとは知らない。
そこで、顔見知りのアンヌに頼んでもらおうと考えた。
先に理解して貰う必要があると考えたカレイズは、次男ケーダを呼んで、自分の気持を伝えた。
「どうだ? サロモン王国で働き、彼の国で学んできては貰えないか?」
ケーダは父の意図を理解していた。
サロモン王国との間の関係強化のため、サロモン王国で骨を埋めろと言いたいのだろうと。
ザールートは大国と隣接していないから戦争に巻き込まれること無くきたが、他国と比べて秀でている点がないため、豊かな都市とは言えなかった。それがたまたまサロモン王国との関係をオルダーンの隣国であるという理由で築けそうな状況になった。これからザールートは生まれ変わる。変化を進める時期に差し掛かっている。
やるべきことは多く、ザールートでも信用して仕事を任せられる人材が必要なはずだ。
だが、その時期に差し掛かってるのに、ケーダにサロモン王国で働けというのは、サロモン王国との関係強化を父カレイズが重要視しているということ。
父の気持ちはよく判る。
もしサロモン王国がザールートとの関係をさほど重視せず、別の国や都市を優先し技術協力などすれば、ザールートは今以上に貧しくなる可能性が高まる。オルダーンを見ると判る。人は活気ある地域に集まり、そして活気がある地域は更なる人を呼び込む。それは他の地域へ流れる人を減らすということ。
ザールートは今のところ、オルダーンへ移動する人が立ち寄る機会が増え、その恩恵で経済がやや上向いている。だが、ザールートがいつまでも今のままでいられるとは限らない。オルダーンへ向かうルートが、もしザールート経由でなくても良い状況になったとしたら? ザールートが苦しくなるのは必然だ。
だからオルダーンとザールートのどちらにも訪れる魅力がある状況にしなくてはならない。だからそのためにはサロモン王国の協力が不可欠で、関係を強化していく必要がある。
サロモン王国にはザールートを救う力があることは首都エルを見学してケーダにも判っている。あそこには人を惹き付ける様々なものがあった。
あそこで暮らしたいと思う人は多いだろう。ケーダだってあの街で暮らせたら楽しいだろうと感じた。あの街で利用されていたものを自分の生活に取り入れたいと多くの人が思うだろう。母だってサロモン王国製の石鹸やシャンプーを既に手離せない。
近い将来、あの石鹸やシャンプーをザールートが販売できるのだと考えるとワクワクするのだ。どれほどの利益を得られるのか?その利益でサロモン王国のような街に変えていけば、どれほどの人が集まってくるだろう。
それらは既にガルージャ家の夢になっているのだ。
その夢の実現のため、父はケーダにサロモン王国で骨を埋めろと言っているのだ。
自分にザールートとサロモン王国の関係強化できるのだろうか?
逆にゼギアスの不興を買ってしまうことはないか?
父の気持ちを考えると、ケーダには自分に課せられた責任をとても大きく重いものに感じる。
カレイズとケーダがこのように考えてることを知れば、ゼギアスはそんなに重く考えなくてもいいのにと言うだろう。だが、それは持ってる者が感じる種類のもので、持たざる者には感じられない種類のものだ。大事なものを何とか手に入れられそうな者は慎重になってしまうものだ。
「判りました。あの国の役に立ち、そしてあの国から一つでも多くのことを学んできます」
ザールート領主カレイズもケーダが自分の意図を汲んだと判り頷いた。
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