31、奴隷解放(コムネス、その三)

 リエッサが指差したあたりには、動く人影のようなものが月明かりに照らされて見える。どうやら侵攻軍が戻ってきたらしい。


「リエッサ、あと一時間待っても奴隷を解放しないようなら、この都市を壊す。だから一時間は守備兵が動かない限りは放置しておいてやってくれ。こちらを攻撃する様子があったら、容赦しなくていい」


 戻ってきた侵攻軍を相手にするため城外へ出た。

 俺の背後でリエッサが中を見張っている。

 いまだに全身から濃い殺気を放っている。


 左手の少し離れた場所にサラ達を確認する。

 俺は状況をサラへ思念で報告し、そして侵攻軍手前まで転移した。


「この隊の頭は誰だ! 俺はサロモン王国国王ゼギアス・デュランだ。降伏するなら命は取らない。だが戦うというなら容赦はしない。俺は今、お前達と遊ぶ余裕がない。早く出てこい」


 俺は敵軍に聞えるよう叫んだ。


 敵軍の動きが止まる。

 はっきりとは判らないが、相当疲労しているようだ。

 軍から勢いが感じられない。

 うちの仲間たちに散々やられたのだろう。


 俺はゆっくりと近づいていく。

 敵軍まで数メートルというところで、綺羅びやかな軍装の一人の男が馬に乗って出てきた。


「私が討伐軍第二陣司令、バーミアン・ジャヘルムだ。一つ聞きたい、トリスタンはどうした?」


 馬から降りもせずに聞いてくる態度にはイラッとしたが、俺は答えた。


「溶かした。もう骨も残っていない」


「ほう、あれでも戦闘神官第五位なのだがな」


「なかなかの魔法力は持っていたな。だが、あいつはその力で戦うのではなく、人質を使って楽に勝とうとしたのさ。そして俺に溶かされた。ただそれだけだ」


 人質が居たからちょっと無理をした。言葉のニュアンスほどはこちらも楽でも簡単でもなかった。だが、こちらの予定通りだったのだから、何箇所も刺されて出血多量で先程まで寝ていたなどと言わなくても別に構わないだろう。


「そうか、トリスタンは能力はあったのだが、性格に難ありと言われていた。その性格で身を滅ぼしたのか……」


 何か腑に落ちたように、下を見ながら首を縦に振っている。


「さあ、答えたぞ。そちらはどうするんだ。降伏するのか? それとも俺に蹂躙されるか? さあ選べ」


 俺をじっと見ながら数分が過ぎた。そして、


「私以外の兵は降伏させよう。無駄な戦いで命を落とすことはないからな。少し待て、私以外の兵をこの場から、そうだな……お前の右側に見える丘の麓まで下がらせよう。」


 バーミアンは身近の兵に何かを伝える。

 兵が、黄色の旗を振りつつ”続け!”と叫びながら、俺から見て右側の丘へ移動していく。


「しばらく待ってくれ。私とお前の戦いなら、近くに居る者はたまらないだろうからな」


「いや、そんなに被害は出ない。お前は何もできないからな」


「ほう、これでも私は戦闘神官第七位だ。裂創のバーミアンとも呼ばれてるのだが……そうか、私でもお前にとっては敵ですらないというのか」


「ああ、そうだ。やれば判る」


 俺は一瞬だけ森羅万象を使い、目の前のバーミアンという男を既に調べていた。


 この男は確かに強い。

 マリオンやデーモンでは太刀打ちできないに違いない。

 この男が率いる大軍を死者を出さずに撤退させたアロンの力は驚きだ。


 だが、それは俺とサラを除いた場合だ。

 特にナザレスとの訓練を経て、俺は総合的に能力向上している

 今の俺にはこいつ程度じゃ相手にならない。

 ナザレスと比べたら大人と幼児ほどの差がある。

 まだナザレスには敵わないが、こいつ相手なら負ける要素が見当たらない。


 敵軍が丘の麓に着き移動を止めたのが見える。

 月明かりで影になった兵士達が隊列を正して整列している。


「さあ、始めようか? 俺はあんたのこと嫌いじゃないよ。だから命は取らないでいてやる」


 俺の言葉にバーミアンが反応する。

 馬から降り、俺を見据えて近づいてくる。

 彼の身体からは魔法力を練ってる様子を感じる。


 俺は両手を広げ、身体から溢れる力をバーミアンを囲むように放った。

 周囲が暗いからわかる程度にうっすらと光る、でも厚く高い壁がバーミアンを囲む。


 バーミアンはその壁を飛び越えようと、足元に魔法を放つ。

 多分、風と土の魔法を混合し、見えない足場を作ったのだろう。


 だが、甘い。バーミアンが足場を作り終える前に、バーミアンの頭上から風の塊を奴を押しつぶすように下ろす。


 自分が作った足場と俺が落とした空気の塊に挟まれる。

 その状態を嫌ったバーミアンは足場を消して地面に降りる。

 続けて俺が作った壁に風系魔法を叩きつけている。


 なかなかの魔法だ。結界で防ごうとするなら、うちのエルフでも数人がかりで結界層を何層も作ってやっと抑えられる威力だ。


 だが、ナザレスの攻撃と比べたらそよ風だ。

 俺が作った壁はびくともしない。


 俺は奴の頭上に下ろした風の塊を更に落としていく。

 今やバーミアンの体勢は、大きな荷物を頭上で支える人夫のようだ。


「どうする。そのままでいるか? それとも降伏するか? 俺は約束は守る。兵士達を殺しはしない。用が済んだら解放するさ。だが、バーミアン、あんたは捕虜になってもらう。あんたの命も保証するさ。判るだろ? あんたを殺すのは簡単なんだ」 


 漬物石の重さで潰れる大根のようだなと思ったが、この世界に漬物あったかな? 自信がない。ここは黙っていよう。


 バーミアンは吹っ切れたような顔で


「判った。降伏する。俺が手も足も出ないなんて……、戦闘神官第二位と試合した時以来だ」


 バーミアンの言葉を聞いて、俺は魔法を解除する。


 戦闘神官第二位なら今の俺と同じことができるのか。

 まあ、相手次第で戦い方なんかいくらでもある。


 重しから解き放たれたバーミアンは、ゆっくりと姿勢を正し、騎乗して兵たちの方へ走っていく。

 根拠はあくまでも接して感じたものでしかないが、バーミアンは俺との約束を守るだろう。まあ、守らないなら追いかけて兵士達もろとも叩き潰すだけだ。


 兵士達が武装を解く様子が遠目にも判る。

 槍のような影がいくつも倒れている。

 武装を解いた兵士達が次々と座り込んでいく様子を見て、バーミアンの指示は終わったのだと感じた。


 やがて、バーミアンは歩きで戻ってくる。

 やはりあいつは嫌いじゃない。

 最後まであがく奴が嫌いというわけじゃない。

 あがくならせめて可能性を見せて欲しいものだ。

 可能性を模索もせずに、ただ抵抗する奴は見苦しいだけ。


 じゃあ、あっさりと負けを認める奴が好きなのかと言われるとそれも違う。

 バーミアンのように、俺との力の差を理解した上であっさりとした奴は嫌いじゃないんだ。

 早めに敗北を認める奴が好きなわけではないことは判ってほしいものだ。


 俺は一応バーミアンをサラのもとへ連れて行く。

 サラは魔族が聖属性を付与された銀の腕輪や鎖によって魔力を封じられることを研究してできた腕輪を持っている。この腕輪は、装備している者の体力と魔法力を……特に体力を極端に下げる。亜人や魔族でも一般的な体力の持ち主なら、立って歩けないほど強力だ。


 実験で風呂に浸かっていたシャピロに着けさせたら、溺れそうになり”ゼギアス様、これはな・な……ゴホッ……なんですがかかか……ゲホッゲホッ……”と湯を口から吐きながら怒っていたな。

 すまんとは思ったがちょっと笑ってしまった。笑ったことはシャピロには内緒だが。


 だからバーミアンでも立って歩くのがやっとではないだろうか。自力で腕輪を外すことなどまず無理。


 ちなみにこの腕輪は捕虜のために作ったわけじゃない。

 飲みすぎて酔って暴れる亜人や魔族を抑えるためだ。

 下手に魔法なんか使われた日には惨事もありうるからね。


 まあ、そこまで酔って腕輪をはめられた奴はまだ居ない。

 これからはそういうトラブルもあるかもしれないので、先に作ったのだ。

 地球で数々のその手のトラブルを見てきた俺の発案だ。


 ライラに腕輪を作った理由と、酔っぱらって暴れる輩を”虎になる”と言うと教えたら、腕輪をはめられた人は腕輪の虎ちゃんだねとか意味不明なことを言って笑ってた。


 あ、体調戻ってきたな。アホなこと考える余裕ができてる。


 腕輪をはめられたバーミアンは予想通り、動けずにいる。

 これで後ほど俺達が首都へ戻る際に連れていくのが楽になる。


 サラへ、アロンへ状況を報告し、奴隷を連れていくメンバーだけ残し、あとは国へ帰還してくれと伝えてもらう。


 俺が言ったら、”無駄足を使わせたんですか?”と怒られる気がする。

 サラならアロンから怒られないだろう。


 俺はリエッサのところへ戻る。

 もうじき約束の一時間が経つ。


 城壁の上に居た兵士は、俺とバーミアンの戦いと兵たちが降伏した様子を見ていたのだろう。周囲に居る守備隊の兵へ頭を抱えて叫んでる。


 その様子を目で追いながら、リエッサの隣に立つ。

 やがて街の奥から、ゾロゾロと人影が近づいてくる。

 十人? 百人? いや、三千人くらいは居そうだ。


 近くに来た彼らの中には女性や子供も居て、トリスタンは女性と子供全員を人質にしたわけじゃなかったのだと判った。だからと言ってあいつがしたことを多少でも許せるわけではない。


 その人混みを割って、領主のブロス・メラーが俺の前に姿を現した。

 やはりゼェハァと息を切らしてる。

 まあ、約束を守ろうとしたのだろう。

 そこは認めてやっても良い。


 俺の目の前に来るとしゃがみ込み、顔も上げられない様子で


「………………ングッ……………………これで全員ではない…………まだ来るが…………一時間以内には…………ま…………間に合わないが…………約束は守ってるぞ…………ガッアァッハッ」


 一時間以内に解放する姿勢を示せと言ったつもりだったんだが、俺の言い方が悪かったのかもしれない。だが、これでその腹回りも少しは細くなるかもしれないんだ。敢えてここで謝罪しなくていいだろう。


「リエッサ、怪我してる人が居ないか確認してくれ」


 大勢の奴隷たちの前で怪我人の有無を大声でリエッサは確認している。


 俺はブロスに、


「外に、降伏したそっちの軍が居る。少し離れた丘のところだ。見れば判るだろう。俺達が奴隷たちを連れてこの街から出たら、呼びにいくといい」


「わ…………判った…………。これでこれ以上の手出しは…………し…………しないんだな?」


「ああ、奴隷達さえ解放できたら、俺はそれでいい。それと覚えておいてくれ、次に人質なんか使ってきたら、奴隷を解放しようと街は破壊する。その際住民を避難させてもらえるとは思うなよ。皇都の連中にも伝えておけ。おとなしく奴隷を解放すれば、誰も命を落とさずに済むってな」


「あ…………ああ、肝に銘じよう…………ゼェゼェ…………中央にもお前の言葉は伝える」


 怪我をしているらしい奴隷を連れて、リエッサが城外へ出ていく。

 俺は残った奴隷達に、そのまま城外へ歩いていってくれと伝える。


 もうじきうちの連中が来る。

 合流したら国へ帰ろう。

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